相続放棄とは|メリット・デメリットから注意点、手続き方法を解説
被相続人の借金などのマイナス財産がプラスの財産を超えている場合には、相続放棄を検討することになります。
ただし、相続放棄をするにせよ、メリット・デメリットを考慮して、期限などに注意を払い行う必要があります。
ここでは、相続放棄のメリット・デメリットや手続きなど、ご自分で相続放棄の手続きをやる際にも参考になることを取り上げてご説明します。
1.相続放棄とは
(1) 相続放棄の概要
相続放棄とは、相続権を放棄する、つまり、相続人が被相続人の権利・義務を一切受け継がない選択をするということです。
たとえば被相続人が負債を抱えていた場合、相続人は相続放棄することで、その負債を返済する義務を負わずに済む代わりに、遺された資産がある場合には、その遺産を相続することができなくなります。
相続放棄した人は「初めから相続人とならなかった」とみなされるからです(民法939条)。
留意しておくべきは、配偶者以外の法定相続人(血族相続人)には順位(①子、②直系尊属、③兄弟姉妹)があることです。先順位の人が相続放棄をした場合、そこで誰も相続しなくなるわけではなく、後順位の人に相続権が回り、今度はその人が相続するか否かの選択を迫られます。
(2) 相続放棄は3ヶ月以内に行う|熟慮期間
相続放棄できる期間は法定されており、被相続人の生前に、相続放棄をすることはできません。相続放棄ができる期間は、自己のために相続が開始されたことを知ってから3ヶ月以内です(民法915条1項)。この「相続が開始されたことを知ってから3ヶ月」の期間を「熟慮期間」と言います。
ただし、どうしても3ヶ月以内に決断できない事情等がある場合には、家庭裁判所に申し立てることで、熟慮期間を伸長できることがあります。
【3ヶ月の期限を過ぎてしまったら】
3ヶ月の熟慮期間を過ぎてしまった場合、原則としては相続放棄できなくなります。
例外的に、被相続人に相続財産が全くないと信じ、かつそのように信じたことにつき相当な理由があるときは、熟慮期間の起算点が変わり、相続放棄が認められる場合もあります(最高裁昭和59年4月27日判決参照)。
2.相続放棄するべきかどうかの判断
被相続人に借金がある場合には、相続放棄が選択肢の一つにはなりますが、常に相続放棄すべきというわけではありません。そこで、相続放棄すべきかどのように判断すべきかを考えてみましょう。
(1) 相続財産調査
相続人は、相続放棄する前に、相続財産の調査を行うことができます(民法915条2項)。
相続財産には、預貯金や不動産といった資産だけではなく、借金のような債務も含まれます。
被相続人の相続財産を調べ上げて、明らかに債務のほうが多い場合に、相続放棄をするのが賢明でしょう。
他方で、債務があったとしてもそれを他の資産で補える場合や、多少債務があってでも相続したい相続財産がある場合などは、相続放棄せずに相続する方向で検討をするのがいいでしょう。
(2) 限定承認という選択肢もある
ただ、調査をしても、被相続人の債務を調べ尽くせないこともあります。
その場合は、限定承認という選択肢があります。
限定承認とは、相続人が相続で得た財産の限度で被相続人の債務を弁済する義務を負うことです(民法922条以下)。
つまり、現状判明している限りではプラスの資産のほうが多いものの、もしかすると被相続人にもっと債務が残っている可能性がある、という場合に、限定承認を選択すれば、それ以上の債務が判明しなければ、返済後に残った遺産を取得することができ、仮に後々新たな債務が判明して、マイナスの財産がプラスの財産を超えてしまったとしても、相続した財産以上の債務については返済の義務を負いません。
ただし、限定承認するにも3ヶ月の熟慮期間があります。その期間は家庭裁判所への申立てによって伸長できることがあるのは、相続放棄と同様です。
また、相続人が複数いる場合に相続放棄をするには、各共同相続人が個々人で手続きを行うことができますが、限定承認に関しては、共同相続人全員で手続きをしなければなりません。
[参考記事] 限定承認とは|使うべき人や注意点、手続きの流れ3.相続放棄のメリット・デメリットと注意点
ここでは、相続放棄を検討している方のために、相続放棄のメリット・デメリットを整理します。
(1) 相続放棄のメリット
相続放棄の最大のメリットは、やはり被相続人の債務を弁済する義務から解放されることです。
債務に限らず、利用価値のない不動産など、相続してもむしろ相続人の負担になる可能性があるものについても相続放棄を検討するべきでしょう。
加えて、相続放棄をすれば相続人ではなくなる以上、親族の遺産分割協議にも参加せずに済みますから、遺産分割で泥沼化が予想される際に相続に関わらないで済むという利点があります。
(2) 相続放棄のデメリット
繰り返しになりますが、相続放棄のデメリットは、債務のみならずプラスの資産も含めて全て相続できなくなる点です。
また、相続放棄をした後にも一定期間財産の管理義務が残るため、思わぬ損害賠償請求が発生することがあります。
たとえば、遠方の不動産を敬遠し、共同相続人全員が相続放棄をした場合、遺産は国庫に帰属しますが、相続放棄したからといって、そのまま不動産を放置してよいわけではなく、利害関係人または検察官の請求により家庭裁判所が相続財産管理人を選任するまでは、相続人に遺産である不動産の管理義務が残ります(民法940条1項)。
放置した不動産の劣化等で第三者に損害を与えた場合、管理義務を怠ったとして損害賠償請求を受ける可能性があります。
さらに、一旦、相続放棄が完了すると、仮に熟慮期間内であっても、撤回はできなくなる点にも注意が必要です(民法919条1項)。もしも、後から、手元に残しておけばよかったといった遺産が出てきても、相続放棄は取り消せないので事前に十分検討する必要があります。
ただし、例外的に、相続放棄が詐欺、強迫、錯誤などによる場合には、家庭裁判所に申述することで取消しが認められています(同条2項)。判例も、相続放棄には当然に錯誤の規定が適用されるとしています(最高裁昭和40年5月27日判決)。
(3) 被相続人の遺産を処分すると相続放棄できなくなる
民法では、相続人が遺産の処分など一定の行為を行った場合に、相続を承認したものとみなして、もはや相続放棄をすることは許されないと定めています。これが「単純承認」です(民法921条)。
単純承認となるのは、次の3つの場合です。
①相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき(同条1号本文)
処分とは遺産を売却するような法律行為だけでなく、遺産を壊してしまうような物理的な処分も含みます。
このような行為は、相続して権利を確定的に取得した者であって初めてなしうる行為ですから、行為自体が相続を承認する黙示的な意思表示と評価されるのです。
ただし、もともと法定相続人は、相続放棄前であっても、遺産を管理する責任がありますから(民法918条1項)、遺産の現状を維持する保存行為や民法602条に定める短期賃貸借(建物の3年以内の賃貸借契約など)をすることは相続を承認したことになりません(同条1号ただし書)。
もっとも、保存行為と短期賃貸借以外を除いた行為の全てが、この「処分したとき」に該当するわけではありません。
難しいのは、何をもって「処分」とするかは、ケースバイケースで判断されるため、裁判例でも明確な基準が確立されていないことです。
たとえば、一般に形見分けは、時計や衣服、アクセサリーなど、故人が身につけていたものを対象として行われ、経済的な価値よりも、故人の思い出という主観的な価値に重点があるので、処分には該当しないと理解されています。
しかし、同じ形見分けでも、高級な着物や高価な美術品は経済的な価値を無視できず、処分に該当するとした裁判例(※1)もあり、処分と判断される形見分けの基準は曖昧です。
また、被相続人が有していた債権を、相続人が債務者から取り立てて収受領得した行為が処分にあたるとした判例(※2)がありますが、この判例については、取り立てただけでなく、これを収受領得してしまった(自分のものとしてしまった)ことに重点があるという論評(※3)もあります。
遺族として当然に営む身分相応の葬儀費用を相続財産から支出した行為を処分にあたらないとした裁判例(※4)もありますが、葬儀費用についてもどこまでが「身分相応」なのか明確な基準があるわけではありません。
結局、相続財産全体の規模、その中に占める当該遺産の割合や処分行為の性質等を総合考慮して、相続を承認する黙示的な意思表示とまで評価できるか否かを判断することになります。
難しい判断ですので、遺産を処分する際は、弁護士に相談されたほうが無難でしょう。
※1:大審院昭和3年7月3日判決(法律新聞2881号6頁)
※2:最高裁昭和37年6月21日判決(家庭裁判月報 14巻10号100頁)
※3:新日本法規「問答式・遺産相続の実務(第1巻)」1542頁(菊池博高松高裁判事執筆部分・平成24年3月27日時点)
※4:東京控訴院昭和11年9月21日判決(法律新聞4059号13頁)
②3ヶ月の熟慮期間内に相続放棄または限定承認をしなかったとき(同条2号)
これについては原則としては単純承認とみなされますが、記事前半でご説明したとおり、例外的に熟慮期間後でも相続放棄・限定承認できる場合もあります。
③限定承認または相続放棄をした後でも、(ア)相続財産の全部または一部を隠匿する行為、(イ)遺産の全部または一部を消費する行為、(ウ)悪意でこれを相続財産の目録中に記載しない行為をしたとき(同条3号本文)。
これらの各行為は被相続人の債権者を害する背信行為です。相続放棄で債務を返済する責任を免れておきながら、債権者の利益を害することは許されません。
そこで相続を承認したものとみなし、被相続人の債務を負担させるわけです。
ただし、相続放棄によって次順位の相続人が相続の承認をした後に、これら背信行為がなされたときは、相続放棄の効果に変動はありません(同条3号ただし書)。
何故なら、すでに次順位の相続人による相続が確定していますから、その者が被相続人の債務を負担するからです。
ただし、この場合には、背信行為を行った相続放棄者は、次順位の相続人に対して、背信行為によって生じた損害を賠償する義務を負うことになります。
4.相続放棄の手続き
最後に、相続放棄の手続きの流れや費用をご説明します。
(1) 相続放棄手続きの流れ
相続放棄をするときは、被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に申立てを行います。必要となる書類を集めて記入の上、提出します。
すると後日、家庭裁判所から照会書・回答書が送られてきます(ただし、裁判所が特に慎重な審理を要すると判断した場合には、審問のための呼び出しがあることがあります)。
照会書や回答書は、本当に本人が自分の意思で相続放棄を希望しているのか確認するための書類です。これらに記入の上、家庭裁判所に提出もしくは返送します。
無事相続放棄が認められ、「相続放棄申述受理通知書」が到着したら、相続放棄の完了です。
申立てに必要な書類
以下の3つは、初めの申立ての際に必ず記入・提出が求められる書類です。
- 相続放棄申述書(裁判所HPでダウンロード可)
- 被相続人の住民票除票または戸籍の附票
- 申立人の戸籍謄本(戸籍全部事項証明書)等、申立人と被相続人の関係を示す資料
この3つに加えて、場合によっては追加資料の提出が必要となることがあります。
相続放棄するのは誰かを明らかにした上で、事前に確認しておくのがよいでしょう。
(2) 手続きにかかる費用
相続放棄の申立てにかかる費用は、以下の通りです。
- 申立てに必要な書類を集める費用
- 相続放棄する相続人1人につき収入印紙800円分
- 家庭裁判所との連絡で使う郵便切手代
必要書類の取得にかかる金額は事案によって異なります。
また、郵便切手代も各裁判所によって異なるので、被相続人の最後の住所地の裁判所のウェブサイトを事前に確認してください。
5.相続放棄は弁護士に相談を
相続放棄は一度行ったら撤回することができない重い決断ですので、本当にしたほうがよいのかどうか、しっかり事前に調査・確認を行って判断するようにしましょう。
また、熟慮期間にも注意が必要です。もし調査・確認や必要書類の準備が間に合わない、平日は仕事で忙しく手続きに時間を取れないという方は、弁護士に一任してしまったほうが時間と労力の節約にも繋がります。
必要に応じて熟慮期間の伸長申立ても対応いたします。相続放棄は、ぜひ、泉総合法律事務所に一度ご相談ください。