家族信託は遺留分侵害額請求の対象になるのか?
家族信託は遺留分侵害額請求の対象になる可能性があります。
2018年(平成30年)に出た判決によって、遺留分には最大限の配慮をしておいた方が良いという流れになっています。
今回は、その判決も含めて「家族信託の遺留分」について解説します。
1.家族信託と遺留分の関係
家族信託で信託財産となった財産と遺留分とは、どのような関係があるのでしょうか。
(1) 遺留分を侵害する家族信託の設定
家族信託の設計をする際、遺留分に配慮した方が良いと冒頭に記載しましたが、配慮しないことも当然可能ではあります。
家族信託は自由設計がメリットの1つであり、遺留分を侵害する家族信託の設定を行うことも自由です。
ただし、当然ながら、遺留分侵害額請求される可能性がある点には注意しましょう。
(2) 家族信託の受益権はみなし相続財産
相続税法9条の2によると、家族信託契約に基づいて、適正な対価を負担せず、その受益者等となった者は、その信託に係る信託財産(信託に関する権利)を贈与又は遺贈により取得したものとみなされます。つまり一定の場合、信託財産は、みなし相続財産(相続税の計算においては、相続財産とみなす財産)になります。
民法1043条には、遺留分の対象になる財産は「被相続人が相続開始の時において有した財産」、すなわち相続財産であるとの定めがあり、みなし相続財産は、この民法上の相続財産に含まれないため、理論上において信託財産は遺留分の対象外となります。
しかし、次で解説する判決では、みなし相続財産であっても著しい不公平が生じている場合には、遺留分の対象となっており一概には言い切れない点に注意しなければなりません。
(3) 家族信託の受益権を遺留分の対象とした判決
東京地方裁判所平成30年9月12日の判決の要旨
登場人物は父、長男、次女、次男であり、母は既に死亡しています。
末期癌のため残り数日の命と宣告された財産所有者の父が、自分の後継ぎとした次男に相続財産全体の3分の2、次女に相続財産全体の3分の1を死因贈与しました。
そして、その数日後、父と次男は、父を委託者兼受益権者、次男を受託者とした、全ての不動産及び300万円を対象とする家族信託契約を締結し、父の死亡後の受益権は、長男と次女が6分の1ずつ、次男が6分の4の割合で取得するようになっていました。
そして父の死亡後、遺留分を侵害されていると判断した長男が、「信託契約は無効」と主張して、遺留分減殺請求権(当時)に基づき、「(死因贈与対象の)不動産の所有権移転登記及び信託登記の抹消」(及び「価額弁償金の支払」)を求める裁判となりました。
判決のポイント
判決では、一部の不動産に対する家族信託については、「遺留分制度を潜脱する意図で信託制度を利用している」と認定して、その信託契約については公序良俗違反で無効となり、かつ、権利として移転された受益権が遺留分の対象となるとされ、遺留分減殺請求(当時)を行った長男が勝訴しました。
判決のポイントは、遺留分制度の潜脱を理由に信託契約を無効とした点です。
本件の信託契約には、長男に対する受益権(6分の1)も設定されていたのですが、その受益権の内容が、実質的に、長男の遺留分相当額の経済的利益を確保できないものと評価されました。
そのことが、信託契約の当事者(父と次男)は、長男による遺留分減殺請求(当時)の回避目的で本件信託契約を締結し、ひいては遺留分制度の潜脱意図で信託契約を利用した、との認定につながっています。
地方裁判所の判決ではありますが、信託財産であっても、信託契約の内容に、遺留分を潜脱する意図が認められれば、相続財産として遺留分の対象になるという判断がなされたことになります。
なお本件は控訴され、控訴審で争われているとのこと。
(4) 遺留分を考慮した家族信託を組成すべき
この判決が出るまでは、家族信託と遺留分との関係についての見解は対立しており、今回のような家族信託の場合、遺留分の問題は生じない、という見解もありますが、この判決によって、家族信託と遺留分とは関係ない、と断言できなくなりました。
せっかく時間をかけて行ってきた家族信託であっても、遺留分侵害額請求のもとになってしまっては意味がなくなってしまいます。
少しでも可能性があるトラブルの元は、家族信託の組成を行う時点から排除しておきましょう。
2.家族信託する際の遺留分対策
それでは、遺留分に配慮した家族信託を組成する際のポイントを解説します。
(1) 全ての財産を信託化しない
2019年7月1日の相続法の改正によって、遺留分侵害請求をされた場合の遺留分は、金銭で支払わなければならないことになりました。
すべての財産を信託化した場合には、受益者自身のお金から遺留分を支払わなければならないことになります。
現金がない場合には、信託財産を売却して用意しなければならなくなるため、予定していた財産管理ができなくなる可能性があります。
また、受益権を譲渡して遺留分の解決を図ることも可能ではありますが、代物弁済に該当するため、譲渡益が出た場合には譲渡所得税が発生する点に注意しましょう。遺留分の支払いとは別に余分な税金まで支払わなければならなくなります。
このようなリスクを避けるためにも、遺留分侵害額請求をされた場合の支払資金として、信託財産以外の財産を残しておくようにしましょう。
(2) 生命保険の利用
生命保険金は受取人固有の財産であり、相続財産にはならないため、原則として遺留分侵害額請求の対象にはなりません。
そこで、信託財産とは別に、受益者を受取人とした生命保険契約を結んでおくことで、受益者は遺留分侵害額請求を受けた場合であっても、生命保険金から支払うことができます。
ただし、信託財産以外の財産のほとんどを生命保険契約に使って受益者に渡すなど著しい不公平があった場合には、先程の信託財産の判例のように、遺留分侵害額請求の対象になってしまうため、行き過ぎた生命保険契約には注意が必要です。
[参考記事] 受取人の死亡保険金は遺産分割の対象になる?相続税は課税される?(3) 家族間での話し合い
事情により遺留分を侵害する家族信託になる場合には、被相続人の生前にしっかり話し合いを行い、相続人全員に理解と納得をしてもらいましょう。
家族信託に不満があったとしても事前に話し合いを行っていれば、受益権の相続割合などを調整することで、相続人全員が納得する落としどころを模索することができます。
今回の裁判例でも、事前に相続人全員が話し合いをして、次男を後継者として認め、かつ、相続人全員が納得した上で死因贈与なり、家族信託をしていれば、大きな問題にならなかった可能性はあります。
家族の仲が悪く、話し合いすらできないという場合には、遺留分侵害額請求が行われてしまう可能性が高くなります。その場合は、それに応じた準備を行いましょう。
(4) 遺言書の付言事項の活用
遺言書には「付言事項」というメッセージを残すことができます。
家族に対して、「今までありがとう。」「これからも家族で助け合って幸せになってほしい。」など自由に記載することが可能です。
ここに、遺産配分の理由や、遺留分侵害額請求は行わないでほしい旨の記載をします。例えば、今回の裁判例でいえば、「次男を後継者として、次男に家を守ってほしいから、次男に多めに配分した。」という具体的な理由を記載することが考えられます。
亡くなった家族からの最後の気持ちを読むことで、争いを避ける方向に向きを変えることができるかもしれません。
ただし、付言事項には法的効力はない点に注意しましょう。
付言事項を使って遺留分侵害額請求を避けるというのは、あくまでも情に訴える方法であり、確実性は全くありません。
3.まとめ
「平成30年9月12日東京地方裁判所の判決」を経た今、家族信託を行う上で、遺留分を考慮することは、重要な要素となってきました。
高齢化社会の中で注目を集めている家族信託ですが、その内容は複雑で、一般の方が遺留分まで考慮した家族信託の組成を行うことは、残念ながら不可能に近いです。
弁護士に相談して、遺留分を恐れる必要のない家族信託契約を作りましょう。
泉総合法律事務所では、相続についても、家族信託についてもご相談も承っております。もし、家族信託の組成で気になることなどありましたら、お気軽にご相談ください。