遺産分割協議のやり直しはできる?期限・時効はある?
「遺産分割の内容に納得できない」「遺産分割協議をやり直したい」とお考えの方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、遺産分割協議をやり直すには、特別な事情が認められることが必要で、容易にできるものではありません。
そのため、遺産分割の内容に納得ができないのであれば、安易に遺産分割協議書にサインをせず、漏れがないかどうかも含めて事前に慎重に検討を行う必要があります。
この記事では、遺産分割協議のやり直しができるケースをご紹介するとともに、やり直し時の注意点についても併せて解説します。
1.遺産分割協議のやり直しはできる?
(1) 遺産分割協議は原則としてやり直しはできない
遺産分割協議書が締結され、遺産分割が成立してしまうと、改めて遺産分割をやり直すことは原則として認められません。
遺産分割協議書が締結されたということは、「遺産分割協議に合意した」ことを意味します。
よって、一部の相続人の判断によって安易にその内容を覆すことは、相続に関する紛争の不当な蒸し返しに当たるため、認められないのです。
また、遺産分割の内容が調停・審判の手続きで確定した場合も、一部の相続人が手続に参加しなかった等の遺産分割そのものを無効とするような特別の事情がない限り、同じ相続について再度遺産分割調停(審判)を申し立てることはできません。
(2) 相続人全員の合意によるやり直しは可能
各相続人には財産処分の自由が認められています。
したがって、相続の当事者である相続人全員の合意により、遺産分割協議をやり直すことを決定した場合には、それを妨げる理由はありません。
しかし、いったん合意した遺産分割の内容を撤回し、遺産分割協議のやり直しに相続人全員が同意するということは、通常はあまり考えにくいでしょう。
2.遺産分割協議の取り消しが可能なケース
過去にすべての相続人が遺産分割について同意したとしても、以下の場合には、その同意の意思表示に瑕疵があったと評価され、遺産分割の取り消しが認められる可能性があります。
※ただし、遺産分割協議の取り消しを求める場合は、追認をすることができる時から5年、行為の時から20年で取消権が時効により消滅します。
(1) 財産隠し
一部の相続人により相続財産隠しが行われていた場合、遺産分割の前提となる相続財産の全体像について、他の相続人は正確に認識していなかったと評価できます。
この場合、他の相続人は、相続財産についての認識と実際の相続財産との間に不一致が生じていたとして「錯誤」(民法95条1項)または財産隠しという一部の相続人の欺罔手段によりだまされて合意してしまったのだから「詐欺」(民法96条1項)を理由として、遺産分割に同意する意思表示を取り消すことが認められます。
(2) 特別受益に該当する生前贈与が発覚
特別受益に該当する生前贈与は、法定相続分を算定する際に、相続財産への「持ち戻し」が行われます。
したがって、特別受益に該当する生前贈与が後から発覚した場合、財産隠しなどのケースと同様に、遺産分割の前提となる相続財産の全体像について、相続人に錯誤があったケースと評価できます。
この場合にも、相続人は錯誤または詐欺を理由として、遺産分割に同意する意思表示を取り消すことが可能です。
(3) 強迫
一部の相続人などから、遺産分割に対して同意するように強迫が行われていた場合、強迫に従って行われた同意の意思表示は取り消しの対象となります(民法96条1項)。
3.遺産分割協議が無効になるケース
遺産分割協議で合意した内容に問題がある場合には、遺産分割への合意自体が無効となり、むしろ遺産分割協議をやり直す必要が生じるケースがあります。
具体的に、どのような場合に遺産分割協議のやり直しが必要となるかについて見てみましょう。
(1) 遺産分割協議に相続人全員が参加していなかった
遺産分割協議は、相続人全員が参加して行わなければなりません。遺産分割が完了していない段階の相続財産は、相続人全員の共有なので(民法898条)、共有者である相続人全員がその帰属・処分方法を決定する必要があるからです。
したがって、相続人が一人でも欠けていた場合、遺産分割は無効であり、遺産分割協議をやり直す必要があります。
なお、遺産分割が成立した後に相続人の一人が亡くなった場合は、遺産分割が無効になることも、やり直す必要が出てくることもありません。死亡した相続人Aの地位を、Aの相続人が引き継ぐことになります。
(2) 判断能力を欠く相続人が代理人を立てずに参加していた
認知症などを患い判断能力を欠いた相続人が参加して遺産分割協議に合意したとしても、その意思表示は無効となってしまい、遺産分割協議自体が無効となります。
また、判断能力を欠く相続人の代わりに他の相続人が遺産分割協議書に署名をした場合にも、その遺産分割協議書が無効になってしまう可能性があります。
判断能力を欠いた相続人に成年後見人がいれば、その成年後見人が代わりに遺産分割協議に参加します。
もし、成年後見人が選任されていなければ、家庭裁判所に後見開始の審判を申し立て、選任された成年後見人を遺産分割協議に参加させなければなりません。
(3) 未成年者の相続人を相続人となる親権者が代理していた
未成年の相続人の場合には、親などの親権者が代理人となって遺産分割協議に参加することができますが、親子が同じ被相続人の相続人となることは珍しくありません。
このケースで親が子を代理すると、親の相続分が増えれば子の相続分が減る「利益相反」の関係になるため、利益相反関係の親が子の代理人として参加した遺産分割協議は無効にります。
この場合には、家庭裁判所に申し立てを行って特別代理人を選任してもらい、特別代理人が遺産分割協議に参加する必要があります。
4.後から遺産が発覚した場合の対処法
無効になるケースとは異なりますが、「財産隠しなどの意図がなかったとしても、相続人が把握していない遺産が後から判明する」というようなケースでは、遺産分割の問題が再び浮上します。
この場合、遺産分割のやり直しを含めた以下の方法によって対処しましょう。
(1) 遺産分割協議書中の遺産発覚時の処理に関する定めに従う
遺産分割協議書を作成する際には、後から遺産が発覚したときの処理を定めておくことも考えられます。
単に「別途協議する」としておくのではなく、「後から判明した遺産はすべてAが相続する」などと、あらかじめ相続する人を決めておいた場合には、その規定に従うことになります。
(2) 後から遺産が発覚した遺産についてのみ遺産分割協議を行う
遺産が後から発覚した場合でも、すでに行われた遺産分割を丸ごとなかったことにして、ゼロから遺産分割協議をやり直す必要は必ずしもありません。
基本的には、後から判明した遺産だけを対象として、遺産分割協議を行えばよいでしょう。
特に、預金や有価証券など、分割が容易である遺産が後から判明した場合には、その遺産の分け方を決めればよいだけなのでシンプルです。
また、不動産などの分割が困難な遺産が後から判明した場合には、処分したうえで金銭を分ける「換価分割」や、遺産を相続する人が他の相続人に対して精算金を支払う「代償分割」などの方法を活用することが考えられます。
(3) 遺産分割協議全体をやり直す
ただ、後から判明した遺産を単体で分割する方法についての話し合いがまとまらない場合、そのことを契機に遺産分割全体に対する不平・不満が相続人たちから噴出してしまう可能性も考えられます。
その場合はやむを得ず、もともとの遺産分割の内容も含めて、遺産分割協議のやり直しを行うことも一つの選択肢です。
遺産分割協議全体をやり直す場合、前述のとおり、原則として相続人全員の同意が必要となります。
やり直しの遺産分割協議を開始する前に、遺産分割をやり直すこと自体に対して、相続人全員が同意する旨の合意書を作成しておくとよいでしょう。
5.遺産分割協議をやり直す際の税金・相続登記に関する注意点
遺産分割協議をやり直すと、いったん被相続人から相続人に対して移転された財産が、改めて別の相続人に移転する可能性があります。
最後に、遺産分割協議をやり直す際の相続税・所得税・贈与税の課税や、不動産の相続登記における注意点を挙げておきます。
(1) 相続税の課税は撤回されず、さらに所得税・贈与税が課税
当初の遺産分割が完了した段階で、相続人に対しては、相続した財産の金額に応じた相続税が課税されます。仮に遺産分割がやり直しになったとしても、一度課税された相続税が免除・還付されることはありません。
それどころか税務上は、当初財産を相続した相続人から、やり直しの遺産分割協議によって財産を相続することになった相続人に対して、新たな譲渡や贈与があったものとみなされます。
つまり、やり直しの遺産分割協議による財産の譲渡・贈与に対して、譲渡所得税や贈与税が課税されることになり、税務上は負担が増えるだけなのです。
そのため、遺産分割協議のやり直しが発生しないように、当初の遺産分割で、遺産分割の内容に不備がないかのチェックを尽くしておくべきでしょう。
(2) 相続した不動産には抹消登記と新たな移転登記が必要
当初の遺産分割に従って既に不動産の所有権移転登記を行っており、遺産分割のやり直しによって不動産を相続する相続人が変更された場合には、不動産の所有権登記を新たな相続人へと移す必要があります。
この場合、まず当初の相続人に対する所有権移転登記を抹消し、次に新たな相続人に対する所有権移転登記手続きを改めて行うわなければなりません。
抹消登記や、再度行う所有権移転登記にも登録免許税が発生し、追加の費用が嵩んでしまいます。
6.遺産分割協議やり直しの期限(時効)
遺産分割協議自体や遺産分割協議のやり直しについて、法律上の期限は設けられていません。
しかし、遺産分割が行われた時から時間が経てば経つほど、分割された遺産が処分・消費されてしまうなど、遺産分割前の状態に財産を戻すことが困難になります。
また先述の通り、取り消しを求める場合は、追認をすることができる時から5年、行為の時から20年で取消権が時効により消滅します。
そのため、遺産分割協議のやり直しが必要な場合には、早めに弁護士に相談して対応することをお勧めいたします。
7.まとめ
遺産分割協議のやり直しが認められるのは、相続人全員の同意がある場合のほか、遺産分割に対する同意の意思表示に瑕疵があるなど、一部の例外に限られます。
遺産分割協議のやり直しをすると、課税面で不利になるケースが多いうえ、相続人同士の紛争が再燃し、親族関係を破綻に追い込むきっかけになりかねません。
そのため、できる限り遺産分割協議をやり直す必要性が生じないように、当初の遺産分割の段階から、不備がないか慎重にチェックを行うことが大切です。
もし遺産分割をやり直す必要がある場合には、弁護士に相談して注意点についてのアドバイスを受けることをお勧めいたします。
遺産分割をトラブルなく円滑に完了したい方は、ぜひ一度泉総合法律事務所までご相談ください。