遺言代用信託の活用方法とメリット|遺言信託・家族信託との違い
ご自身が亡くなって相続が発生した際に、親族などへスムーズに財産を引き継ぐためには、信託銀行などが提供する「遺言代用信託」のサービスを利用することも有力な選択肢です。
遺言代用信託を含めて、相続に備えた生前対策の各手法の特徴を理解して、ご自身に合った手法を選択してください。
この記事では、遺言代用信託の活用方法やメリットなどについて解説します。
1.遺言代用信託とは?
「遺言代用信託」とは、実質的に遺言の代替手法として、最終的に相続人などへ財産を引き継ぐために設定される信託をいいます。
遺言代用信託は、信託銀行などが相続サービスの一つとして提供しています。
その仕組みの概要は以下の通りです。
(1) 委託者(被相続人)が受託者に財産を信託譲渡
まず、被相続人となる方が、受託者に対して財産(金銭)を信託譲渡します。
「信託譲渡」とは、財産を受益者のために管理・処分することを義務付けながら、その財産の所有権を委託者から受託者へ移転することをいいます。
(2) 受託者(信託銀行など)が信託財産を運用
遺言代用信託の受託者となるのは、サービスを提供する信託銀行などです。
受託者は、受益者のために信託財産を運用します。
遺言代用信託の場合、当初の受益者は委託者(被相続人)としておきます。
つまり、被相続人となる方が存命中は、一般的な資産運用委託と同様に、被相続人のために信託銀行などが資産運用を行う形となります。
当然、信託財産から得られる収益についても、受益者である被相続人が受け取ります。
(3) 被相続人の死亡後は親族などが受益者となる
被相続人が死亡すると、遺言代用信託契約の定めに従い、あらかじめ指定された者(親族など)に受益権が移ります。
よって、被相続人の死亡以降は、信託銀行などが第二受益者のために信託財産を運用することになります。
上記のように、当初は被相続人のために、被相続人の死亡後は第二受益者(親族など)のために信託財産の運用が行われるのが、遺言代用信託の大きな特徴です。
この図式は、被相続人の意思によって、被相続人の死亡をきっかけに「被相続人→第二受益者」への価値移転が生じている点で、遺言に類似しています。
そのため、このような信託の仕組みを「遺言代用信託」と呼んでいるのです。
2.遺言代用信託・遺言信託・家族信託の違い
遺言代用信託と同じく、信託の仕組みを活用した相続対策の例として、「遺言信託」と「家族信託」が挙げられます。
これらは「信託」である点で共通していますが、以下のように受託者および設定方法が異なっています。
(1) 遺言代用信託
前述の通り、「遺言代用信託」の受託者は、サービスを提供する信託銀行などです。
そのため、信託に関するノウハウを豊富に有する専門業者に財産の管理を任せたい場合には、遺言代用信託を利用することが有効でしょう。
また、遺言代用信託を設定する際には、委託者(被相続人)と受託者(信託銀行など)が信託契約を締結します(信託法3条1号)。
つまり、委託者の生前に委託者・受託者の合意によって設定されるのが、遺言代用信託のポイントです。
(2) 遺言信託
「遺言信託」とは、遺言によって設定される信託をいいます(信託法3条2号)。
遺言信託の受託者は、遺言者が自由に決めることができます。
したがって、親族から受託者を選んでも構いませんし、弁護士などの専門家を指定しても構いません。また、遺言代用信託と異なり、金銭以外の財産も信託対象とすることができます。ただし、遺言による受託者の指定については、事前に受託者の同意を得たものではありません。
そのため、受託者として指定された人には「信託の引受けをしない」という選択が認められています(信託法5条参照)。
その場合、受託者が不在となってしまいますので、可能であれば受託者候補に対して事前に話を通しておくべきでしょう。
[参考記事] 金融機関の遺言信託とは?メリット・デメリット・費用などを解説また、遺言信託はその文字通り、遺言によって設定されるのが特徴です。
遺言は遺言者の単独行為であるため、信託契約という形で当事者の合意に基づき設定される遺言代用信託とは、根本的に前提が異なるといえるでしょう。
(3) 家族信託
「家族信託」とは、親族などに対して財産の管理・処分を任せる信託を総称していいます。
家族信託の受託者は、親族などの身内である点が特徴的です。
信託銀行などが受託者となる遺言代用信託と比べると、信託報酬を節約できるメリットがあります。
また、遺言代用信託とは異なり、家族信託は既存のパッケージ商品ではないので、幅広い目的で活用できる可能性がある点もメリットです。
また、家族信託の設定方法は、信託契約でも遺言でも構いません。
もともと「家族信託」はかなり幅広い概念であり、相続対策に用いる際の自由度が高い仕組みであるといえるでしょう。
→家族信託
3.遺言代用信託のメリット
遺言代用信託は、信託銀行などによって利用者のさまざまなニーズが満たせるように設計されています。
遺言代用信託を活用することの主なメリットとしては以下の各点が挙げられます。
(1) 相続手続きを経ずに葬儀費用や生活費などを引き出せる
本人が亡くなった直後は、葬儀費用や生活費などの支出に充てるため、親族がまとまった資金を必要とするケースが多いです。
その際、被相続人が所有していた相続財産を活用したいところですが、金融機関での預貯金等の引き出しには原則として相続手続きを経なければなりません。
(一部、遺産の分割前における預貯金債権の行使に関する特例あり。改正民法909条の2)
相続手続きを行うにはさまざまな書類を揃えなければならないうえ、金融機関側での審査に時間がかかるケースも多いです。また、前記特例による手続をとったとしても、相応の時間がかかることは否めません。
そのため、スムーズに預貯金等を引き出せないことがあり、その場合は親族が資金不足の問題に直面してしまいます。
この点、遺言代用信託を設定しておけば、信託契約の定めにより、第二受益者は相続手続きを経ずして信託財産の一部を引き出すことが可能です。
つまり、遺言代用信託を活用することには、本人の死後における資金活用を円滑化できるメリットがあります。
(2) 信託財産を受け取る人・資金使途・運用方法などを指定できる
遺言代用信託では、信託契約の定めにより、以下の事項などを委託者が自由に決めることができます。
①信託財産を受け取る人(第二受益者)
被相続人の死後、信託財産を受け取る人を自由に決められます。
また、第二受益者からさらに後継の受益者へと信託財産を移転させる旨の指定を行うこともできるため、孫の代まで遺産承継の方法を定めておくことも可能です。
②信託財産の使途
信託財産をどのような目的で使用するかについても、信託契約の中で定めておくことができます。
③運用方法
リスク選好の度合いや、運用に用いる金融商品など、運用方法に関する方針を定めておくこともできます。
上記のメリットは家族信託にも共通していますが、遺言代用信託や家族信託を活用すると、被相続人の意思をより具体的に反映した形で遺産の承継を行うことができるメリットがあるといえるでしょう。
(3) 資産運用サービスがセットになっている
遺言代用信託は信託銀行などが提供するサービスであるため、資産運用サービスがセットになっていることが一般的です。
そのため、定期預金などの元本保証商品だけでなく、インデックス型の投資信託や、アクティブファンド等の高リスク・高リターン型商品による資産運用を行うことも可能です。
このように、信託の目的やリスク選好度合いに応じて運用方法を選べる点も、遺言代用信託のメリットの一つといえるでしょう。
4.遺言代用信託の活用例
相続発生時において円滑に資産を承継するため、遺言代用信託を活用した例を一つ紹介します。
<事例>
被相続人Aには、相続人として配偶者Bと子Cがいました。
さらにCには、Aの孫にあたる長男Dがいました。子Cはすでに独立しており、AはBと二人で暮らしていました。
Bは専業主婦であり、ほとんど資産を所有していなかったため、AとBの生活は、Aが所有する資産の運用収益で成り立っていました。Aは、自身が死亡した場合に備えて、以下の生前対策を行っておきたいと考えました。
①Bの生活費を確保する必要があるが、Bは資産運用に関する知識がない。そのため、信頼できる金融機関に資産運用を任せて、その資産から毎月一定額がBに行き渡るようにしたい。
②BとCだけでなく、かわいがっている孫のDにも資産を譲りたい。しかしDはまだ幼いので、Dに資産が渡るのは成人してからにしたい。そこでAは、X信託銀行の遺言代用信託サービスを利用することにしました。
遺言代用信託契約の中で、以下の内容が定められました。
(a) AはX信託銀行に対して、金1億円を信託譲渡する。
(b) X信託銀行は、信託財産の元本および運用収益の中から、Bが死ぬまでの間、毎月30万円をBに分配する。
(c) Dが成人して以降は、Dに対しても毎月30万円を分配する。
(d) 信託財産は、平均期待利回り年3%の金融商品によって運用する。
上記の仕組みにより、毎年信託財産を大きく減らすことなく、運用利回り+αの範囲内でBの生活資金を確保することができました。
また、Dの成人以降に、Dに対しても資産を譲り渡すというAに希望も実現される形となりました。
5.遺言代用信託を利用する際の注意点
遺言代用信託には多くのメリットがありますが、その一方で遺留分問題や元本割れのリスクに注意する必要があります。
(1) 法定相続人の遺留分
遺言代用信託を通じて特定の人に多額の資産を譲り渡す場合には、法定相続人の遺留分を侵害する可能性があるので注意が必要です。
遺留分とは、兄弟姉妹以外の法定相続人に認められた、相続できる遺産の最低保障額を意味します(民法1042条1項)。
もし遺留分権利者が、遺留分未満の財産しか承継できなかった場合、財産を多くもらった人に対して「遺留分侵害額請求」により金銭の支払いを請求できます(民法1046条1項)。
もし高額の資金を遺言代用信託によって運用する場合には、第二受益者として指定されない法定相続人の遺留分に配慮して、他の遺産を多めに与えるなどの工夫が必要になるでしょう。
(2) 元本割れのリスク
遺言代用信託を通じて資産運用をする際には、運用に用いる金融商品によっては元本割れが生じる可能性があります。
リスクを覚悟で資産を増やしたいという方針もあり得ますが、少なくとも金融商品の特徴を理解したうえで、信託の目的に合った金融商品を選択すべきでしょう。
6.まとめ
遺言代用信託を活用すれば、ご自身の死後、親族が円滑に資金を活用することができるほか、ご自身の意思を反映した形で資産を承継することが可能です。
遺言・家族信託など、他の手法と組み合わせることも考えられますので、相続対策にご関心をお持ちの方は、一度弁護士までご相談ください。