騙されたまま遺産分割協議書を締結してしまったら?
遺産分割協議は、相続人と包括受遺者の全員が参加したうえで、公正な議論を行って妥結を目指すのが大原則です。
しかし、一部の相続人が財産隠しを行ったり、相続財産の価値を偽ったりして他の相続人を騙し、不正な形で遺産分割協議書の内容に同意させる例が時々見受けられます。
遺産分割協議書の作成時に騙されてしまった場合は、遺産分割の内容に同意する意思表示を取り消し、遺産分割のやり直しを求めることができます。
今回は、遺産分割についての意思表示を取り消すための要件、取り消しが認められる場合の具体例、取り消しの手続きなどを解説します。
1.遺産分割協議書が有効となるための要件
まずは基本的な知識として、遺産分割協議書はどのような要件の下で有効となるのかを理解しておきましょう。
(1) 相続人・包括受遺者全員の同意が必須
遺産分割協議書を有効に締結するには、相続人および包括受遺者の全員が同意していることが必須となります。
民法907条1項では、遺産分割を行うのは「共同相続人」(すべての相続人)であることが明示されています。
民法907条1項(遺産の分割の協議又は審判等)
共同相続人は、次条の規定により被相続人が遺言で禁じた場合を除き、いつでも、その協議で、遺産の全部又は一部の分割をすることができる。
また、包括受遺者は相続人と同一の権利義務を有する旨が規定されているため、包括受遺者も遺産分割協議に参加する権利を有します。
民法990条(包括受遺者の権利義務)
包括受遺者は、相続人と同一の権利義務を有する。
相続人または包括受遺者のうち、遺産分割協議に参加していない人が一人でもいる場合には、遺産分割は無効・やり直しになります。
仮に行方不明の相続人または包括受遺者がいる場合には、探し出して遺産分割協議に参加させるか、または不在者財産管理人に参加権限を付与する手続きが必要です(民法25条1項、28条)。
(2) 遺言で禁止されている遺産分割は無効
遺言者(被相続人)は、遺言書の中で規定することにより、相続開始の時から最長5年間、遺産分割を禁止することができます(民法908条)。
相続人同士のトラブルが強く懸念される場合には、冷却期間を設定する目的などによって、遺言による遺産分割の禁止について規定されることが多いです。
遺言で遺産分割が禁止されている期間については、遺産分割を有効に成立させることはできません。
そのため、分割禁止期間の経過を待つ必要があります。
(3) 公序良俗違反により一部条項が無効となるケース
遺産分割協議書の中では、基本的に遺産の分け方を自由に決めることができます。
しかし、公の秩序または善良の風俗に反する内容を規定する遺産分割協議書の条項については、部分的に無効となる可能性がある点に注意が必要です(民法90条)。
極端な例ですが、「暴力団事務所Aに奉公することを条件として、長男Xが現金1000万円を相続する」「三男Zが現金1000万円を相続する見返りとして、三男Zは次男Yが経営する会社にて、5年間無償で働くものとする」といった内容の遺産分割協議書の条項は、公序良俗違反により無効となるでしょう。
なお、一部の条項が公序良俗違反により無効になったとしても、その条項が他の条項から独立している場合には、遺産分割協議書全体が無効になることはないと考えられます。
2.勘違い・騙された・脅された場合の取り消し
遺産分割協議書の内容に同意する意思表示が真意に基づかない場合、その意思表示は取り消すことができる可能性があります。
意思表示の取消しが認められるのは、「錯誤」「詐欺」「強迫」の3つの場合です。
(1) 錯誤取消しの要件・具体例
「錯誤」とは、法律行為の要素に関する勘違い・認識違いを意味します。
錯誤取消し(民法95条1項)が認められるための要件は、以下のとおりです。
① 以下のいずれかの錯誤が存在すること
(a)意思表示に対応する意思を欠く錯誤
(本当はAだと思っているのに、「B」と言い間違えた)
(b)表意者が法律行為の基礎とした事情についての認識が真実に反する錯誤
(Cという事情があると言われたから同意したのに、実際にはCという事情はなかった。いわゆる「動機の錯誤」)
② ①の錯誤が、法律行為の目的および取引上の社会通念に照らして重要であること
③ ①(b)の錯誤による取消しの場合、錯誤があった事情(動機)が法律行為の基礎とされていることが表示されていたこと
④ 錯誤につき、表意者に重大な過失がないこと(例外あり)
遺産分割の場面では、以下のようなケースにおいて、錯誤取消しが認められる可能性があります。
- 長男Aが不動産Xを相続することについて、全相続人の間で合意が成立していた。しかし、遺産分割協議書を作成する段階で「長男Aは不動産Yを相続する」と書いてしまい、だれもその誤りに気が付かなかった
- 登記簿上の面積が50坪である土地Yについて、長男Bが「30坪の平屋を建てたいから、土地Yを相続したい」と他の相続人に対して表明し、結果的に長男Bが土地Yを相続することで話がまとまった。しかし実際に測量すると、土地Yは25坪しかなく、30坪の平屋は立てられないことが判明した
ただし、遺産分割に同意する意思表示の錯誤取消しは、善意無過失の第三者に対抗できない点に注意が必要です(同条4項)。
たとえば、錯誤取消しを理由に遺産分割のやり直しを主張しても、既に他の相続人が、いったん相続した財産を善意無過失の第三者に譲渡してしまっていたら、その財産は遺産分割の対象から外れてしまうことになります。
(2) 詐欺取消しの要件・具体例
「詐欺」とはその名のとおり、誰かに騙されることを意味します。
詐欺取消し(民法96条1項)が認められるための要件は、以下のとおりです。
① 他人の欺罔行為(騙す行為)が存在したこと
② ①の欺罔行為によって錯誤に陥ったこと
③ ②の錯誤に基づき、意思表示を行ったこと
遺産分割の場面では、以下のようなケースにおいて、詐欺取消しが認められる可能性があります。
- 他の相続人が財産隠しを行った結果、相続財産の一部が判明していない状態で遺産分割の合意がなされた場合
- 長男Aが、自ら相続する不動産Xの価値を不当に低く偽り、公正な水準よりも多くの遺産を長男Aが相続する内容の遺産分割に同意するよう、他の相続人を誘導し、結果的にその内容で遺産分割の合意がなされた場合
なお、遺産分割の意思表示についての詐欺取消しは、取消し前に法律上の利害関係に入った善意無過失の第三者に対抗できません(民法96条3項)。
一方、取消し後に法律上の利害関係に入った第三者との間では、対抗要件具備の先後により、どちらが優先するかが決まります(民法177条、178条)。
(3) 強迫取消しの要件・具体例
「強迫」とは、暴行・脅迫・監禁・害悪の告知などを通じて相手を畏怖させることをいいます。
強迫取消し(民法96条1項)が認められるための要件は、以下のとおりです。
① 他人の強迫行為が存在したこと
② ①の強迫行為によって畏怖したこと
③ ②の畏怖に基づき、意思表示を行ったこと
遺産分割の場面では、以下のようなケースにおいて、強迫取消しが認められる可能性があります。
- 遺産分割に同意しなければ、身内の中で一生仲間外れにすると脅された
- 遺産分割に同意しない意思表示を示したところ、繰り返し暴力を振るわれ、同意するように迫られた
なお、強迫取消しの場合は、取消し前に法律上の利害関係に入った善意無過失の第三者に対しても、その効力を主張することができます(民法96条3項)。
これに対して、取消し後に法律上の利害関係に入った第三者との優先劣後関係は、詐欺取消しと同様に、対抗要件具備の先後によって決まります(民法177条、178条)。
3.遺産分割に同意する意思表示を取り消すための手続き
錯誤・詐欺・強迫によって、遺産分割に同意する意思表示を取り消す場合の手続きは、以下のとおりです。
(1) 他の相続人全員に対して内容証明郵便を送付する
取消しの意思表示は、他の相続人・包括受遺者全員に対して行う必要があります。
意思表示の手段は問いませんが、取消権を行使したことを明確化し、かつ正式な取消しであるということを他の相続人・包括受遺者に伝えるため、内容証明郵便によって通知を行うのがよいでしょう。
内容証明郵便を送付する際には、書式に関するルールに従って謄本を作成する必要があります。
作成方法について不安がある場合には、弁護士にご相談ください。
参考:内容証明|郵便局
(2) 遺産分割協議の無効確認訴訟を提起する
遺産分割のやり直しに応じない相続人・包括受遺者がいる場合には、最終的に訴訟によって決着をつけなければなりません。
遺産分割のやり直しは、「遺産分割協議の無効確認訴訟」によって争います。
遺産分割協議の無効確認訴訟では、以下の事項を主張する必要があります。
- 遺産分割が無効となる原因、または遺産分割に関する意思表示を取り消すことができる原因が存在すること
- 取消しの場合、取消しの意思表示を行ったこと(または、訴訟の中で取消しの意思表示を行うこと
特に無効原因・取消原因については、その原因が存在することを証拠によって立証しなければなりません。
取消しの場合は、「錯誤」「詐欺」「強迫」の各要件を十分に踏まえたうえで、説得的に主張・立証を組み立てることが大切です。
訴訟に臨む戦略を立て、準備を整える際には、事前に弁護士へご相談ください。
[参考記事] 遺言無効確認訴訟の流れ4.遺産分割協議で騙された場合は弁護士に相談を
遺産分割に同意する意思表示が真意に基づかない場合、「錯誤」「詐欺」「強迫」のいずれかを根拠として、その意思表示を取り消すことができます。
他の相続人に騙されていた場合には、詐欺取消しを主張できる可能性がありますので、一度弁護士へご相談いただくことをお勧めいたします。