遺言執行者の職務開始時期における通知義務
被相続人が遺言書を残していた場合、その遺言書に従って遺産を分割することになります。
そして、遺言書の内容を適切に実現するために、遺言執行者を指定することがあります。
遺言執行者に関しては、民法改正によってその権限が明確化されており、通知義務も明文化されるなど、押さえておかなければならないポイントがいくつかあります。
今回は、遺言執行者の職務開始時期と通知義務に関して解説します。
1.遺言執行者とは?
遺言執行者とは、被相続人が残した遺言書の内容を実現するために、被相続人の死亡後に必要な手続きを行う役割を担う人のことをいいます。
一般的には、遺言書で遺言執行者になる人を指定しておくことが多いですが、遺言執行者が指定されていない場合には、家庭裁判所に申立てをすることによって遺言執行者を選任してもらうことができます。
遺言執行者に指定・選任された人は、遺言書の内容に従って、遺産の分配や換価、相続登記などの手続きを行うことになります。
[参考記事] 遺言執行者とは|相続人と同一でもいい?権限やできないことは?2.遺言執行者はいつから職務を開始するか
民法1007条1項は、「遺言執行者が就職を承諾したときは、直ちにその任務を行わなければならない」と規定していますので、遺言執行者の職務開始時期は「就職を承諾した時点」ということになります。
すなわち、遺言書によって遺言執行者に指定されていたとしても、被相続人の死亡によって直ちに当該指定者が遺言執行者に就職するわけではありません。
遺言執行者に就職するかどうかはその人の自由な意思に委ねられていますので、遺言執行者に指定されていたとしても就職を拒絶することは可能です。
ただし、いったん行った承諾・拒絶については、その後の撤回は認められません。
遺言執行者に就職することを承諾する場合には、相続人に対して意思表示をする必要があります。
その方式については法律上制限がなく口頭でも書面でも良いとされていますが、書面によって行うことが適切でしょう。
3.遺言執行者が行う通知とは
改正前の民法では、「遺言執行者が就職を承諾したときは、直ちにその任務を行わなければならない」とだけ規定されており、遺言執行者の通知義務についての定めはありませんでした。
しかし、遺言内容の実現は、遺言執行者がいない場合には相続人が、遺言執行者がいる場合には遺言執行者がすべきことになるため、相続人としては、遺言の内容および遺言執行者の有無について重大な利害関係を有することになります。
また、遺言内容によっては、相続人による遺留分侵害額請求がなされる可能性もありますので、その機会を与えるためにも遺言内容を知らせることが重要になります。
そこで、民法改正によって、「遺言執行者は、その任務を開始したときは、遅滞なく、遺言の内容を相続人に通知しなければならない」として、相続人に対する遺言内容の通知義務が明文化されました(民法1007条2項)。
なお、遺言執行者の通知の方法については、明文上決まりはありませんので、どのような方法で行っても良いとされています。
しかし、遺言内容が遺留分を侵害するものであった場合には、相続人がいつ遺言内容を知ったのかが重要になりますので、その点が明確になる方法で通知することが望ましいといえます。
内容証明郵便では遺言書のコピーを添付することができませんので、配達証明付きの書留郵便で送付するのが良いでしょう。
4.誰に対して通知を行うか
民法上は、「相続人」に対して通知を行う義務があると規定されていますが、円滑な遺言執行を実現するためには、相続人以外の人に対しても通知をした方が望ましい場合もあります。
(1) 相続人
まず、遺言内容の通知は、相続人に対して行う必要があります。
遺留分を有しない相続人であっても、民法は、遺留分の有無で遺言執行者の権利義務に区別を設けていませんので、通知の対象に含まれると考えられます。
裁判例では、遺言執行者の相続人に対する民法上の義務は、相続人が遺留分を有する者であるか否かにかかわらず、等しく適用されると解するのが相当であるとしています(東京地裁平成19年12月3日判決)。
(2) 受遺者
包括受遺者は、相続人と同一の権利義務を有するものとされ(民法990条)、その遺贈の承認または放棄については、相続の承認または放棄に関する民法の規定が適用されます。
また、特定受遺者は「遺言者の死亡後、いつでも、遺贈の放棄をすることができる」(民法986条1項)とされています。
そのため、受遺者の遺贈の承認または放棄は、遺言執行者のその後の遺言執行に大きな影響を与えることになります。
そこで、遺言執行者としては、受遺者に対しても通知をしておくことが、その後の遺言執行を円滑に進めるためにも必要になるでしょう。
[参考記事] 包括受遺者とは?相続人との違い・登記・相続税等をわかりやすく解説(3) その他
明文上は「相続人に通知しなければならない」とされていますので、相続人以外の人に対しての通知義務はありません。しかし、遺言書の内容によっては、相続人以外の人に対しても通知を行っておくことが望ましいことがあります。
たとえば、以下のような人は、遺言執行にあたって利害関係を有することになりますので、円滑な遺言執行のためには、あらかじめ遺言の内容を通知しておいた方が良いでしょう。
- 遺言による認知がされた場合の,認知された子
- 遺言による未成年後見人の指定および未成年後見監督人の指定があった場合の,当該被後見人、未成年後見人および未成年後見監督人
- 遺言による信託がされた場合の受託者および受益者
5.遺言執行者が行う通知の内容
最後に、遺言執行者が行う通知内容について説明します。
(1) 通知書に記載すべき内容
遺言執行者が遺言執行に着手した場合には、以下の内容を記載した通知書を作成して、相続人などに送付する必要があります。
①遺言執行者に就職したこと
遺言執行者の通知義務は、明文上は「遺言の内容」とされていますが、遺言執行者の就職の通知と併せて通知するのが簡便です。
そのため、相続人への通知書には、遺言執行者に就職したことも併せて記載しておくと良いでしょう。
②遺言の内容
遺言執行者が通知をする場合には、遺言書の写しを添付して、遺言の内容を明らかにする必要があります。
なお、公正証書遺言の場合には、遺言執行者が所持しているのは、公正証書遺言作成時に受領した遺言公正証書正本またはその謄本です。
これらは、遺言公正証書原本をそのまま複写したものではなく、遺言者および証人の署名押印欄が印字されたものですので、相続人から遺言書の真正を疑われることがあります。
そのため、通知書においては、原本と正本・謄本との関係を説明したり、あらためて公証役場から遺言公正証書原本の謄本を取得したりするなどの工夫が必要になるでしょう。
③遺言執行者の職務についての概要
遺言執行者は、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有し(民法1012条)、相続人は相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができなくなります(民法1013条)。
遺言執行者がどのような役割を担う者であるかは、一般に広く認知されているとはいえませんので、相続人、受遺者およびその他の利害関係人に遺言執行者の職責と執行行為の概要を理解してもらうことが円滑な遺言執行にあたっては有益であるといえます。
そのため、法律上の義務ではありませんが、遺言執行者の職務についての概要を通知書に記載すると良いでしょう。
(2) 遺言執行者による通知の例
6.まとめ
遺言執行者の通知義務が明文化されたことによって、遺言執行者が任務を開始したときには、相続人に対して遺言内容を通知しなければなりません。
これを怠ると通知義務違反として損害賠償責任を問われる可能性もありますので、注意が必要です。
遺言執行者に指定されたものの何をすれば良いかわからないという場合には、一度弁護士に相談をしてみると良いでしょう。
また、真に有効な遺言書を作成し、滞りなく遺言を執行するためには、弁護士が適任と言えます。
専門家に遺言執行者を任せたいという方も、どうぞ泉総合法律事務所の弁護士へご相談・ご依頼ください。