相続放棄後の管理責任(民法940条関連)
相続放棄は、被相続人に多額の借金がある場合だけでなく、被相続人が空き家や山林を所有しており、それらを相続したくないという理由でも行われることがあります。
しかし、空き家や山林の管理責任を免れたいと思い、相続放棄をしたにもかかわらず、相続放棄後も管理責任を負わなければならない場合があります。
適切に遺産の管理を行わなかった場合には、第三者から損害賠償請求を受けるなどのリスクもありますので、相続放棄後にどのような管理責任が生じるのかを理解しておくことが重要です。
今回は、相続放棄後の相続財産の管理責任について解説します。
1.相続放棄後に管理責任はある?
相続放棄をすることによって、当該相続人は、初めから相続人でなかったことになりますので、被相続人の権利義務の一切を相続しないことになります。
このような状態でも、相続財産を管理する責任を負うことはあるのでしょうか。
(1) 相続放棄者の相続財産の管理義務
相続放棄をしたら遺産を相続できないため、遺産の管理もしなくて良いと考える方が多いでしょう。
しかし、相続の放棄をした者は、その放棄によって相続人となった者がその相続財産の管理を始めることができるまで、「自己の財産におけるのと同一の注意をもって」その財産の管理を継続する義務を負うとされています(民法940条1項)。
相続人が相続放棄をしたからといって相続財産を管理しなくなると、それによって当該相続財産が滅失・毀損した結果、他の相続人や第三者に損害を与える可能性があります。
そのため、相続放棄をしたとしても、相続人に対して相続財産の管理義務を負わせて、そのような事態を防止することを目的としています。
(2) 相続放棄者の相続財産の管理義務の具体的内容
相続の放棄をした者の相続財産の管理義務の内容については、以下の①から⑤のとおり、委任の規定および熟慮期間内の管理に関する規定が準用されています(民法940条2項)。
- 相続財産の管理状況についての報告義務(民法940条2項、645条)
- 相続財産を管理するうえで受け取った金銭その他の物や収受した果実を引き渡す義務(民法940条2項、646条1項)
- 相続人のために自己の名で取得した権利の移転義務(民法940条2項、646条2項)
- 相続財産の管理に必要な費用を支出したときは、費用および利息の償還請求(民法940条2項、650条1項)
- 相続財産の管理に必要な債務を負担したときは、弁済や担保の提供を請求(民法940条2項、650条2項)
- 相続財産の保存に必要な処分の請求(民法940条2項、918条2項・3項)
2.管理責任を怠った場合のリスク
相続放棄後も相続放棄者に対しては、相続財産の管理責任があります。
面倒だからといって適切な管理を怠った場合には、以下のようなリスクがありますので注意が必要です。
(1) 空き家の管理責任
空家等対策の推進に関する特別措置法では、そのまま放置すれば倒壊など著しく保安上危険となるおそれのある状態の空家などを「特定空家等」と指定し、各自治体から管理者に対して、助言、指導、勧告、命令などを行うことができるとされています。
この命令に違反した場合には、50万円以下の過料に処せられる可能性があります。
また、この命令を踏まえてもしかるべき措置を履行しない場合には、行政代執行が行われて、それによって生じた費用を請求されることがあります。
(2) 第三者に対する損害賠償責任
相続財産の管理を怠ったことによって第三者に損害が生じた場合には、当該第三者から損害賠償請求をされる可能性もあります。
例えば、老朽化したブロック塀を修繕することなく放置したためにブロック塀が倒壊して通行人に怪我を負わせた場合や、庭木が倒れて隣家を破壊したような場合には、他の相続人が管理を始めるまでの間であれば、相続放棄をした相続人が責任を負わなければなりません。
3.相続放棄者が管理責任を免れる方法
相続放棄者の管理責任は、相続放棄後ずっと負わなければならないわけではなく、一定の事由が生じた場合には終了します。
(1) 他の相続人に連絡をする
被相続人が亡くなり、相続人が複数いるという場合には、一人の相続人が相続放棄をしたとしても、他に遺産を管理することができる相続人が存在していますので、相続放棄者が管理責任を負うことはありません。
この場合には、可能な限り、相続放棄をした旨を他の相続人に、相続財産に関する事情を連絡すべきでしょう。
(2) 後順位の相続人に引き継ぐ
相続放棄をしたことによって相続権が次順位の相続人に移るという場合には、次順位の相続人が相続財産の管理を始めることができるようになるまで、相続放棄者は、相続財産の管理責任を負うことになります。
後順位の相続人は、先順位の相続人全員が相続放棄をすることによって、遺産を相続する権利を取得します。
しかし、先順位の相続人が相続放棄をしたという事実は、裁判所から連絡が行くわけではありませんので、自分が相続人となったことを知る機会がありません。
そのため、相続放棄者としては、後順位の相続人に対して相続放棄をした旨の連絡をするとともに、後順位の相続人が相続財産を管理することができるように、空き家の鍵などを引き継ぐなどの対応をする必要があります。
(3) 相続財産管理人を選任する
後順位の相続人も含めてすべての相続人が相続放棄をした場合には、被相続人の遺産を相続する人が存在しなくなります。このような場合には、相続放棄者に対して相続財産の管理責任が生じることになります。
このような場合に相続放棄者が相続財産の管理責任を免れるためには、家庭裁判所に対して相続財産管理人の選任を申し立てる必要があります。
相続財産管理人が選任されることによって、相続財産の管理は、相続財産管理人が引き継ぐことになりますので、その時点で相続放棄者の管理責任は消滅することになります。
【相続財産管理人の報酬の問題】
相続財産管理人の報酬は、基本的には相続財産から支払われることになりますが、相続財産が少なく相続財産管理人への報酬が支払えないと見込まれるときは、申立人に報酬相当額を家庭裁判所に予納させて、そこから報酬が支払われることになります。
相続財産管理人の業務内容によっては、予納金が高額になることもありますので、場合によっては、相続放棄をせずに自ら相続財産を管理した方が安く済んでしまうということも十分に考えられます。
どのような方法が最適かについては、一度、専門家である弁護士に相談をしてみると良いでしょう。
4.相続放棄をする場合には弁護士に相談を
「借金を相続したくない」、「空き家を相続したくない」、「他の相続人との争いに巻き込まれたくない」など、相続放棄をする理由はさまざまです。
相続放棄をすることによって、相続債務の負担を免れることができるなどのメリットがありますが、相続放棄後も、相続財産の管理責任を負うなどのリスクが生じることがあります。
空き家を相続したくないという理由で相続放棄をしたにもかかわらず、結局、空き家を管理しなければならないとなると、相続放棄をしない方が、そのほかの資産価値のある相続財産を相続できる分、負担は少なくなったかもしれません。
空き家の解体費用とその後の管理の負担、相続財産の額などさまざまな要素を考慮して相続放棄をするかどうかを判断する必要があります。
安易に相続放棄をしてしまうと、思いもよらない不利益を被るおそれがありますので、相続放棄をする前に専門家である弁護士のアドバイスを受けておくのが良いでしょう。