使用貸借契約の相続|貸主・借主が死亡した場合の取扱いを解説
ご家族が亡くなって相続財産を調べた際に、被相続人が善意で、第三者に対して無償で不動産などを貸していたことが分かるケースが稀に存在します。
このようなケースで、相続人としては、そのまま貸し続けるべきなのか、または住んでいる人に立ち退いてもらうなり、賃料を受け取るなりして不動産を活用するべきなのか、いろいろな判断があるでしょう。
また逆に、不動産などを第三者から借りていたものの、貸主が亡くなってしまうというケースも考えられます。
この場合、不動産を使用している方は、「このまま使い続けることができるのか?」と不安になるかと思います。
上記のようなお悩みは、いずれも「相続によって使用貸借契約はどうなるか」という問題が原因となっています。
今回は、貸主が死亡した場合・借主が死亡した場合のそれぞれについて、使用貸借契約がどのように相続されるかを詳しく解説します。
1.使用貸借とは?賃貸借との違いは?
まずは、賃貸借と比較しながら使用貸借についての基礎知識を簡単に解説します。
(1) 使用貸借=無償で物を貸し借りすること
使用貸借とは、物を無償で貸し借りする契約をいいます(民法593条)。
この「無償で」という点が、使用貸借の重要なポイントです。
もし賃料の定めがある場合には「賃貸借」となり、使用貸借とは異なるルールが適用されます。
(2) 使用貸借が賃貸借と異なる主なポイント
目的物を借りる対価として、借主が賃料を支払う「賃貸借」とは異なり、「使用貸借」は、同じく目的物を借りるものの、借主はその対価として何も負担せず、貸主のみが「貸す」義務を負う「片務契約(双方対価関係に立つ債務を負わず、契約当事者の一方のみが相手方に義務を負う契約)」となります。
そのため使用貸借は、賃貸借の場合よりも借主を保護する必要性が弱いとされており、以下の点で賃貸借とは異なるルールが定められています。
①対抗要件を備えられない
賃貸借とは異なり、使用貸借の場合には、借主たる地位について対抗要件を備えることができません。
そのため、仮に貸主が目的物を第三者に譲渡した場合、借主は譲受人の第三者に対して、使用貸借権を主張して明渡しを拒否することができないのです。
②契約終了に関するルールが緩やか
特に、借地借家法が適用される賃貸借の場合、存続期間や更新拒絶に関して借主を厚く保護するルールが設けられています。
これに対して使用貸借では、期間や使用収益の目的に関する定めがない場合には、貸主からいつでも契約を解除できる(民法598条2項)など、契約終了に関するルールが緩やかになっています。
③必要費は借主負担
使用貸借の場合、賃貸借とは異なり、目的物を使用収益するためにかかる必要費は借主負担とされています(民法595条)。
使用貸借では、貸主は借主に無償で目的物を貸しているので、使用収益に必要な費用は借主が負担すべきだという価値判断があるためです。
この必要費には、固定資産税や都市計画税が含まれると解されています(最判昭和41年10月27日、東京地方裁判所平成9年1月30日)。
【出典サイト】裁判例結果詳細 | 裁判所
2.借主が死亡した場合における使用貸借契約の相続
まずは、使用貸借の借主が死亡した場合に、借主たる地位が相続されるかどうかについて解説します。
使用貸借の貸主が亡くなった場合については、「3.貸主が死亡した場合における使用貸借契約の相続」でご説明します。
使用貸借の借主が死亡した場合、借主たる地位は原則として相続の対象になりません。
しかし、例外的に相続の対象となるケースもあり、ケースバイケースの判断が求められます。
(1) 【原則】使用貸借は借主の死亡によって終了
民法597条3項では、「使用貸借は、借主の死亡によって終了する」と定められています。
つまり、相続が発生した時点で使用貸借は終了するため、借主たる地位が相続の対象となることは、原則としてありません。
(2) 借主の死亡後は原則として立ち退きが必要
使用貸借が借主の死亡によって終了した場合、その相続人には、目的物を引き続き占有する適法な権原がないことになります。
したがって、貸主の請求に基づき、借主の相続人は、貸主に対して目的物を返還しなければなりません。
目的物が土地や建物などの不動産の場合には、目的物を使用貸借が開始した当初の原状に復したうえで、立ち退きを行う必要があります。
(3) 【例外】借主の死亡後も使用貸借が存続するケース
ただし、以下のいずれかに該当するケースについては、借主の死亡後も、例外的に使用貸借が存続します。
①使用貸借契約の中で特約が定められている場合
民法597条3項は任意規定と解されているため、当事者間で特約を締結しておけば、その適用を排除することができます。
したがって、使用貸借契約の中で「借主が死亡した場合でも、使用貸借契約は終了しない」という旨の定めがある場合には、借主が死亡しただけでは契約が終了しないため、借主たる地位が相続の対象になります。
②共同相続人が借主として、貸主である被相続人と同居していた場合
①のように、使用貸借契約の中で明示的な規定が設けられていなかったとしても、借主死亡後も使用貸借を存続させる旨の「黙示の合意」があったと認められる場合には、やはり使用貸借の存続が認められます。
その典型例が、共同相続人の一人が被相続人の所有する物件に同居していたケースです。簡単に言えば、親子が同居しており、親が亡くなったケースです。
このように、被相続人が貸主、共同相続人が借主である使用貸借については、最高裁の判例上、以下の論理で使用貸借契約の存続に関する「黙示の合意」が認定されています。
最高裁平成8年12月17日判決
「共同相続人の一人が相続開始前から被相続人の許諾を得て遺産である建物において被相続人と同居してきたときは、特段の事情のない限り、(中略)遺産分割により右建物の所有関係が最終的に確定するまでの間は、引き続き右同居の相続人にこれを無償で使用させる旨の合意があったものと推認される」「けだし、建物が右同居の相続人の居住の場であり、同人の居住が被相続人の許諾に基づくものであったことからすると、遺産分割までは同居の相続人に建物全部の使用権原を与えて相続開始前と同一の態様における無償による使用を認めることが、被相続人及び同居の相続人の通常の意思に合致するといえるからである」
③借主の相続人と貸主の間で新たに使用貸借の合意がなされた場合
さらに、厳密には相続の問題ではないものの、相続人と貸主の間で新たに使用貸借の合意がなされた場合にも、相続人は引き続き目的物を使用収益することが可能です。
3.貸主が死亡した場合における使用貸借契約の相続
今度は、使用貸借の貸主が死亡した場合に、貸主たる地位が相続の対象になるかどうかを見てみましょう。
(1) 【原則】使用貸借契約上の貸主たる地位が相続される
借主死亡の場合とは異なり、貸主の死亡については、民法上、使用貸借の終了事由とはされていません。
したがって、使用貸借契約は相続開始後も存続し、相続人が貸主たる地位を承継することになります。
(2) 【例外】貸主の死亡により契約が終了する旨の特約がある場合
ただし、使用貸借契約においては、個別に契約終了事由を定めることができます。
よって、「貸主が死亡した場合には使用貸借契約が終了する」という旨の定めがあれば、貸主の死亡によって契約は終了し、相続の対象から外れることになります。
(3) その他、相続人が使用貸借契約を解除したい場合の対処法
相続人が予期せず使用貸借の貸主たる地位を相続した場合でも、契約または民法の規定に従い、使用貸借契約を解除できることがあります。
具体的には、以下のいずれかに該当すれば、相続人(貸主)の側から使用貸借契約を解除し、または終了させることが可能です。
- 契約上の解除事由に該当するとき
- 使用貸借の期間が満了したとき(民法597条1項)
- 使用貸借の期間の定めがなく、使用収益の目的の定めがある場合において、借主がその目的に従い、使用収益を終えたとき(同条2項)
- 上記3.の場合において、その目的に従い、借主が使用収益をするのに足りる期間を経過したとき(民法598条1項)
- 使用貸借の期間および使用収益の目的についての定めがないとき(いつでも契約を解除可能。同条2項)
4.使用貸借契約が相続される場合の相続税に関する留意点
使用貸借の貸主・借主たる地位が相続される場合、相続税の計算上、それぞれの地位はどのように取り扱われるのでしょうか。
(1) 貸主・借主が個人の場合の相続税
使用貸借は賃貸借とは異なり、借主に認められた権利は非常に弱いものとなっています。
そのため、使用借権の相続税評価額はゼロとされています。例えば、子が親から土地を使用貸借し、子がその上にアパートやマンションを建てて賃貸していても、土地の使用貸借権の相続税評価はゼロであることに変わりありません。
このことから、貸主・借主のそれぞれにおいて、使用貸借に基づく地位に関する相続税課税の取扱いは、以下のとおりです。
- 貸主の相続人:目的物全体の相続税評価額に対して相続税が課税される(使用貸借権の負担を考慮した減額はない)
- 借主の相続人:使用貸借権に対して相続税は課税されない
ただ、貸主側は生前に通常の賃貸借へ変更することで節税できる可能性があります。
仮に使用貸借が相続された場合、貸主側としては、実際には使用貸借権の負担があるにもかかわらず、相続税評価額の減額を受けられないことになります。
この問題を解消するためには、生前に使用貸借を賃貸借に切り替える方法が考えられます。
賃貸借であれば、賃借権には借地権割合・借家権割合に応じた相続税評価額が割り当てられます。
それに伴って、貸主が相続した目的物の相続税評価額が30~70%程度減少し、相続税の税額が少なくなるのです。
ただし、使用貸借から賃貸借への切り替えにより、借主に認められる権利が強力になり、貸主側からの契約終了が難しくなる懸念があります。
したがって、相続の生前対策として、使用貸借から賃貸借への切り替えをご検討中の方は、必ず事前に弁護士へご相談ください。
(2) 貸主が個人で借主が法人の場合の相続税
貸主が個人で借主が法人のケースとは、被相続人がご自分の土地を、ご自分の親族が経営する会社などに使用貸借していた場合が想定され、実際に頻繁に行われています。
借主である法人は、相続税の課税対象ではありません。ただし、法人が土地を使用貸借することは、借地権を無償で譲り受けたとみなされ、借地権の認定課税がかかることになっています。
この場合、「土地の無償返還届出書」を税務署に提出することは、この認定課税を回避する方法の一つで、「土地の無償返還届出書」は、会社が土地所有者に、土地を無償で返還することを税務署に約する書類です。
一方、貸主の土地の相続税評価は、この「土地の無償返還届出書」の提出の有無により違いがあります。
無償返還届出書を提出している場合
使用貸借契約を締結し、土地の無償返還届出書を提出することは、当事者が土地の賃借権を認識していないことになり、借地権の評価額はゼロとなるため、自家用地評価額(更地としての評価)がそのまま相続税評価額となります。使用貸借の負担は考慮されないことになります。
無償返還届出書を提出していない場合
これに対して土地の無償返還届出書を提出していない場合には、相続税の土地の評価額が、自用地評価額から借地権の評価額を控除することができます。
この認定課税の問題は複雑なので、詳しくは、税理士など専門家にご相談ください。
5.まとめ
使用貸借は、借主死亡の場合には、原則として相続の対象にならず、逆に貸主死亡の場合には、原則として相続の対象になります。
ただし、使用貸借契約の内容やその他事情によっては、結論が逆転する場合もあるため、具体的な事情をケースバイケースで判断することが大切です。
もし相続財産の中に使用貸借の対象となっている財産があることが判明した場合は、お早めに弁護士にご相談ください。
泉総合法律事務所では、弁護士がご事情を丁寧にお伺いし、適切な相続処理の方法についてアドバイスを差し上げます。