相続法改正|相続分の指定があるときの債権者に対する義務の承継
相続財産の中に債務が含まれている場合、その債務を誰が相続するかという点が、相続手続きにおける重要な論点になり得ます。
しかし、相続債務を誰が相続するかについては、相続人内部の事情であるため、債権者から見てその内容を窺い知ることは困難なことが多いです。
そのため民法では、相続債務の弁済に関して、債権者を保護するための規律を設けています。
今回は、2019年7月1日施行の改正相続法において明文化された、民法902条の2の債権者に対する義務の承継に関する規定について解説します。
1.相続が発生した場合、被相続人の債務はどうなる?
民法902条の2について解説する前提として、まずは相続において被相続人が有した債務がどのように取り扱われるかにつき、基本的な知識を確認しておきましょう。
(1) 債務も相続人に承継される
相続の対象となるのは、相続開始時点で被相続人の財産に属した一切の権利「義務」とされています(民法896条)。
したがって、被相続人が死亡した時点で負担していた「債務」も相続の対象となり、相続人に承継されるのが原則です。
(2) 債務の相続は遺言や遺産分割協議によって決定
民法上は、各法定相続人には法定相続分が定められていますが、遺言や遺産分割協議により、法定相続分とは異なる相続分を定めることも認められます(民法902条1項、907条1項)。
この点は相続債務に関しても同様であり、相続債務の承継者や承継割合が遺言で定められていればその内容に従い、遺言の定めがなければ遺産分割協議によって、相続債務の承継者や承継割合を定めることができます。
ただし、後ほどご説明するように,債権者との関係では取扱が異なります。
(3) 相続放棄・限定承認をした場合の取り扱い
相続債務が遺産を上回る場合など、相続がかえって相続人の負担になってしまう場合の救済手段として、「相続放棄」と「限定承認」の制度が設けられています。
①相続放棄
資産・債務を含めて、遺産を一切相続しない旨の意思表示をいいます(民法939条)。
相続放棄は、各相続人が単独で行うことができます。
②限定承認
資産額の限度でのみ、債務を相続する旨の意思表示をいいます(民法922条)。
限定承認は、共同相続人が全員で行う必要があります(民法923条)。
相続人は、原則として相続の開始を知った日から3か月以内に、家庭裁判所に対して相続放棄または限定承認の申述を行うことで、相続債務の全部または一部の承継を免れます(民法915条1項)。
2.遺言で相続分が指定された場合
遺言によって、法定相続分とは異なる相続分が指定されたとしても、被相続人の債権者がその内容を知ることは困難な場合が多いです。
したがって、債権者の保護を目的として、相続法改正の前後を通じて以下の取り扱いがなされています。
(1) 判例:法定相続分どおりに請求可能
遺言によって、法定相続分とは異なる相続分が指定されたケースにおける相続債務の取り扱いについては、最高裁平成21年3月24日判決が規範を示しています。
結論としては、債権者は遺言による相続分の指定にかかわらず、法定相続分に従い、各相続人に対して債務の支払いを請求できます。
そして同最高裁判決は、遺言による相続債務についての相続分の指定は、相続債務の債権者の関与なく行われたものであることを理由として、相続債権者に対してはその効力が及ばないものと判示しています。
したがって各相続人は、遺言によって別の相続人が相続債務を承継したことを理由として、債権者からの法定相続分に従った弁済請求を拒むことはできません。
ただし、相続債権者が自ら、相続債務についての相続分の指定の効力を承認する場合には、債権者の保護に欠けるところはありません。
そのため、債権者の任意の判断によって、各相続人に対し、指定相続分に応じた相続債務の履行を請求することは妨げられないと判示しています。
(2) 民法902条の2による明文化
2019年7月1日施行の改正相続法では、上記の平成21年最高裁判決の判示を明文化した民法902条の2が新設されました。
(相続分の指定がある場合の債権者の権利の行使)
第九百二条の二 被相続人が相続開始の時において有した債務の債権者は、前条の規定による相続分の指定がされた場合であっても、各共同相続人に対し、第九百条及び第九百一条の規定により算定した相続分に応じてその権利を行使することができる。ただし、その債権者が共同相続人の一人に対してその指定された相続分に応じた債務の承継を承認したときは、この限りでない。
民法902条の2の規定は、平成21年最高裁判決の判示を忠実に明文化したものといえるため、改正前後で相続債務の取り扱いに変更はありません。
3.債権者に対する弁済義務の承継を具体例で解説
民法902条の2の規定に従い、実際に被相続人から相続人へ、相続債権者に対する義務の承継がどのように行われるかについて、3つの具体例を用いて検討してみましょう。
(1) 設例① 法定相続分に従って相続する場合
<設例①>
・相続人は配偶者A、長男B、長女Cの3人
・Xは相続開始時点で、被相続人に対して1000万円の債権を有していた
・遺言書では、A・B・Cはそれぞれ法定相続分により遺産を相続するものとされた
・A,B,Cは、それぞれ相続を単純承認した
設例①では、Xは遺言による相続分の指定にかかわらず、相続人であるA・B・Cに対して、それぞれ法定相続分に従って債務の履行を請求できます。
A・B・Cの法定相続分は、それぞれ2分の1・4分の1・4分の1です。
したがって、XはAに対して500万円、Bに対して250万円、Cに対して250万円の支払いを請求できます。
なお、A・B・Cは、内部的にも法定相続分に従って遺産を相続することになっており、相続内容がXに対する債務負担と一致しているため、A・B・C間での精算は生じません。
(2) 設例② 遺言で法定相続分とは異なる相続分が指定された場合
<設例②>
・相続人は配偶者A、長男B、長女Cの3人
・Xは相続開始時点で、被相続人に対して1000万円の債権を有していた
・遺言では、Aにすべての遺産を相続させる旨が記載されていた
・A,B,Cは相続を単純承認した
設例②のケースでは、遺言によってAのみが遺産を相続することが決定しています。
しかし、民法902条の2の規定に従い、Xは遺言による相続分の指定にかかわらず、相続人であるA・B・Cに対して、それぞれ法定相続分に従って債務の履行を請求できます。
したがって、設例①のケースと同様に、XはAに対して500万円、Bに対して250万円、Cに対して250万円の支払いをそれぞれ請求することが可能です。
しかし、相続人間での債務の相続分はAが1000万円、BとCは0円です。
したがって、BとCがXの請求に応じて債務を支払った場合には、その金額をAに対して求償するように請求できます。
なお、Xとしては、遺言による相続分の指定を承認して、Aに対して1000万円全額を支払うように請求することも可能です。
(3) 設例③ 相続人の一人が相続放棄をした場合
<設例③>
・相続人は配偶者A、長男B、長女Cの3人
・Xは相続開始時点で、被相続人に対して1000万円の債権を有していた
・遺言では、AとBに500万円ずつ債務を相続させる旨が記載されていた
・AとCは相続を単純承認したが、Bは相続放棄をした
設例③のケースでは、Bが相続放棄をしたため、Bは当初から相続人ではなかったものとみなされます(民法939条)。
このとき、残った相続人であるAとCの法定相続分は、それぞれ2分の1ずつです。
したがって、民法902条の2の規定に従い、XはAに対して500万円、Cに対して500万円の支払いをそれぞれ請求することができます。
一方、相続人の内部では、Bが相続するはずだった500万円の債務は、AとCが法定相続分に応じて250万円ずつ承継することになります。
よって、Aが承継する相続債務の金額は(遺言で相続分を指定された500万円と併せて)750万円、Cが承継する相続債務の金額は250万円です。
したがって、Cが自身の負担分である250万円を超えてXに債務を支払った場合には、超過分をAに対して求償できます。
なお、XはAが750万円、Cが250万円の相続債務を承継するという(Bの相続放棄を前提とした)遺言の内容を承認し、Aに750万円、Cに250万円の支払いをそれぞれ請求することも可能です。
4.まとめ
相続発生の直後に、相続人の方が相続債務の債権者から支払い請求を受けた場合、対処方法に悩むことも多いかと思います。
債務の相続については、遺言や遺産分割の内容とは別に特殊な取り扱いなされる側面があります。
相続法のルールを正しく適用して対応しなければ、債権者からの支払督促・訴訟提起が行われ、最終的には強制執行に発展してしまう可能性もあるので注意が必要です。
債務の相続に関してお困りの際は、お早めに泉総合法律事務所までご相談ください。
置かかれている状況に合わせて、対処方法についてアドバイスいたします。