遺産の一部分割|一部分割が適するケースと問題点
被相続人が所有していた遺産の種類が多く、把握に手間がかかる場合や、相続人間の関係が悪い場合など、遺産分割協議がうまく進まないケース見られます。
このような場合に、遺産の一部だけを分割して、その他の遺産は分割せずにおいておくことができます。
今回の記事では、このような「遺産の一部分割」について説明します。
1.遺産の一部分割について
まず、遺産の一部分割とはどういうものかについて説明します。
(1) 遺産の一部分割とは
遺言がある場合は、原則、遺言に従って遺産を分割します。
遺言がない場合は、相続人の間で遺産分割協議を行って遺産分割方法を決めます。
遺産分割協議で話し合いがつかない場合は、遺産分割調停に移り、それでも決着がつかない場合は遺産分割審判へと移ります。
しかし、遺産全ての分割の合意ができない場合でも、全相続人が、一部分割について遺産分割協議や調停・審判で合意すれば、一部の遺産だけを分割して、その他の遺産を未分割としておくこともできます。
例えば、不動産の帰属に争いがあるも預金債権の帰属に争いがない場合、後述のように、相続税支払等の資金需要があることに鑑み、相続人全員が預金債権(遺産の一部)の遺産分割協議をする必要性が生じるケースもあります。
このように、一部の遺産だけを分割する方法を「遺産の一部分割」といいます。
遺産の「一部分割」は、民法第907条第1項及び第2項で認められています。
ただし、遺産の一部分割で他の共同相続人の利益を害するおそれがある場合は、一部分割はできないと定められています(同法同条2項但書)。
例えば、寄与分を主張している相続人がいて、その寄与割合が大きい可能性がある場合、その寄与分を無視して一部分割を行ってしまうと、寄与分主張者が不利益を被るおそれがあります。
また、特別受益の主張している場合も同様に、その特別利益の金額が大きい可能性がある場合、その特別利益を無視して一部分割を行うと、利益を害される相続人がでる危惧があります。
このような場合は、一部分割ができない可能性があります。
[参考記事] 寄与分とは|対象になる人や認められる要件を解説(2) 遺産の一部分割をする場合の遺産分割協議書
遺産の一部分割をする場合は、一般的な遺産分割協議書の形式に従い、「一部分割する旨」を記載した遺産分割協議書を作ります。
例えば、相続人:配偶者A、長男B、長女Cが、預貯金のみを一部分割する場合、下記のように記載します。なお、AまたはBの選択については後述します。
相続財産中、下記預金は、相続人A、同B、および同Cが、それぞれ、2分の1、4分の1、4分の1の割合で取得する。
⑴ xxx銀行yyy支店 普通預金 口座番号XXXXXXX
⑵ ・・・・・・A 前項記載以外の遺産については、前項による一部分割の合意内容を加味して、後日、遺産分割協議を行う。
B 前項記載以外の遺産については、前項による分割とは別個独立にその相続分にしたがって分割することとし、前項による分割が、前項記載以外の遺産分割に影響を及ぼさないことを確認する。
2.遺産の一部分割に適したケース
ここでは、遺産の一部分割に適したケースについて見ていきます。
(1) 預貯金を先に分割し相続税納付に充てる
相続税の申告・納付には期限があり、相続開始を知った日の翌日から10ヶ月以内に行わないといけません。
そこで、遺産の一部分割を利用して相続人間の遺産分割協議が長引き、相続税納付期限に間に合わない場合に、預貯金だけを先に分割して納税資金に充てることができます。
預貯金を法定相続分で分割することにより、相続人間のトラブルが起こりにくくなります。
(2) 不動産を先に売却し相続税納付に充てる
⑴のケースと異なり、納税用に十分な預貯金がない場合、前述した預貯金と同じ目的で、不動産だけ先に分割した後に売却し、納税資金に充てるケースです。
(3) 分割が簡単な預貯金・現金などの遺産を先に分割
遺産の範囲は定まっているが、不動産等の分割方法が決まらず遺産分割協議が難航している場合、比較的分割が容易な預貯金や現金等の遺産を先に分割することもできます。
先に一部分割をすることで、分割が困難な遺産についてはじっくり腰を落ち着けて検討することができます。
(4) 遺産の範囲が定まらない
遺産分割は、相続遺産の範囲が決まらない限り「全部分割」はできません。
このように、遺産の種類が多い、不動産が多い等の理由で遺産の範囲が定まらない場合も一部分割が用いられます。
(5) 特定の遺産に固執する相続人がいる
例えば、どうしても有価証券を相続したい、あるいは賃貸収入を得ている不動産を得たい等、特定の遺産に固執している相続人がいる場合は、遺産分割協議がなかなかまとまりません。
当該遺産を相続できれば他の遺産はいらないという場合、その相続人に当該遺産を相続させて、その他の相続人で残りの遺産分割協議を行う一部分割も可能です。
3.遺産の一部分割の問題点
遺産の一部分割は民法でも認められていますが、一方で、場合によっては問題が発生する可能性もあります。
(1) 遺産分割問題を先送りするだけという実情
一部分割を行わなかった遺産についても、いつかは遺産分割しないとならず「遺産分割できないという問題」を先送りしているにすぎません。
例えば、遺産に不動産が多く、現時点での相続人間で遺産分割ができずに、次の世代(子どもの世代)に先送りしてしまうと、関係者が増えてしまい、遺産分割がますます難しくなります。
問題の先送りは、トラブルの元になります。
(2) 一部分割の合意内容を残りの遺産分割に反映させるか否か
一部分割を終え、残った財産の分割協議を行う際に、一部分割の合意内容をどのように反映させるかが問題になることがあります。
つまり、一部分割の合意合意内容も加味して残った遺産分割を行うのか、一部分割の合意内容は加味しないで残った遺産の範囲で改めて遺産分割を行うのか、という問題です。
例えば、相続人は長男Aと次男B、遺産は被相続人の自宅不動産4,000万円と預貯金6,000万円とします。
長男Aが被相続人と同居していたため、長男Aが一部分割で自宅不動産4,000万円を取得したとします。
後日、残った遺産である預貯金6,000万円を分割する際、法定相続分で分けることに争いがないとしても、以下の通り、長男・次男で次のような思わぬ争い・対立を生む可能性があります。
- 次男の主張
一部分割の合意内容を加味して分割:長男A1,000万円、次男B5,000万円 - 長男の主張
一部分割の合意内容を加味せず分割:長男A3,000万円、次男B3,000万円
一部分割の遺産分割協議書を作成する際には、一部分割の合意内容をどのように反映させるかを明記しておく必要があります(以下一例として再掲)
A 前項記載以外の遺産については、前項による一部分割の合意内容を加味して、後日、遺産分割協議を行うものとする(上記次男の主張に沿う内容)。
B 前項記載以外の遺産については、前項による一部分割とは別個独立にその相続分にしたがって分割することとし、前項による分割内容が、前項記載以外の遺産分割に影響を及ぼさないことを確認する(上記長男の主張に沿う内容)。
4.まとめ
今回の記事では「遺産の一部分割」について見てきました。
遺産の一部分割は民法でも認められており、相続人全員が合意すれば行うことができます。
一部分割に適したケースは「納税資金の準備」を初めいくつかありますが、一方で「問題の先送り」といった課題もあります。
遺産分割でお困りの方、遺産の一部分割をお考えの方等は、後々問題やしこりが残らないように、相続の経験豊富な法律事務所にご相談されることをお勧めします。
泉総合法律事務所には、遺産分割など相続問題の知識豊富な弁護士が揃っております。遺産分割で揉めてしまうと後々までしこりが残ってしまうこともあり、解決への選択肢も限られてきます。お早めのご相談をお待ちしております。