相続人に高齢者や障がいを持つ子供がいる場合の生前対策
障がいを抱えたお子さんがいらっしゃる方で、自分たち亡き後、我が子が心配なく生活ができるように対策を施しておきたいとお考えの方は多いと思います。
また、人生100年時代といわれる超高齢化社会のなか、認知症等で判断能力に欠ける相続人が含まれる相続も増えてきていますので、その対策も必要になってきています。
そこで、今回の記事では、「相続人に高齢者や障がいを持つ子供がいる場合の相続」に焦点を当ててご説明します。
1.判断能力に欠ける相続人がいる場合の問題
相続人の中に障がいや高齢等により判断能力に欠ける者が含まれている場合は、相続手続き上、いくつかの問題点に直面します。
まず、どのような問題点があるかを見ていきます。
(1) 遺産分割協議が無効になる
民法は、「法律行為」について次のように定めています。
民法第3条の2
法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする。
遺産分割協議への参加も法律行為の1つです。
したがって、障がいや高齢などで判断能力に欠ける相続人が参加すると、有効な遺産分割協議とはなりません。
(2) 法定相続分で相続する場合にも問題がある
一方で、遺産分割協議を行わずに、法律で決められた法定相続分の割合で相続することは可能です。
しかし、法定相続分で相続する場合には、次のような問題がありますので、注意が必要です。
相続税申告に有利な遺産分割ができない可能性
相続税の申告をする際に、相続税を節税できるように遺産分割することがあります。
例えば、相続不動産に、小規模宅地等の特例(宅地の相続税評価額が最大80%削減される特例)を利用する場合です。
小規模宅地等の特例を利用するためには一定の条件(配偶者であること、同居していること、自宅不動産を所有していないことなど)を満たす必要があるため、これらの条件を満たす相続人が不動産を承継するように遺産分割をするのです。
一方、法定相続分による相続では、不動産は共有財産になってしまいますので、小規模宅地等の特例の適用条件に該当しない相続人も不動産を承継する可能性があり、その場合は当該特例が適用できず、相続税が高くなってしまいます。
[参考記事] 小規模宅地等の特例|土地の相続税評価額が最大8割引また、二次相続を考えて、配偶者より子どもに多く相続させることもあります。
例えば、夫が亡くなり配偶者と子どもが相続人の場合、夫の相続を一次相続、その配偶者の相続のことを二時相続といいます。
二次相続の場合は相続人の数が減るため相続税の基礎控除の額が少なくなり、また、配偶者が資産家の場合は配偶者自身の財産が増えてしまうため、相続税が累進課税であることを考えると、一次相続に比べ、二次相続の相続税が高額になってしまうことがあるのです。
そのため、一次相続の時に子どもに多く相続させたほうが、トータルの相続税額が少なくなることがあります。
対して、法定相続分による相続では上記のような考慮はできず、結果的に、高い相続税を支払うことになってしまいます。
遺産に不動産が含まれている場合の問題点
法定相続分による相続においては、相続財産に不動産が含まれている場合も問題となります。
法定相続分で相続を行うと、不動産については、法定相続分で共有することになります。
不動産はなるべく複雑な権利関係を避けるのが原則ですので、共有登記は望ましくありません。
例えば、次のような不都合が生じます。
- 不動産を売却する場合に、共有者全員の承諾が必要となる
- 不動産の共有持分に相続が続くと権利関係が複雑化する
- 単独所有と比べて登記の手間が増える
など
2.成年後見人を選任し遺産分割する際のデメリット
判断能力のない相続人は遺産分割協議に参加することはできませんが、成年後見人を立てることにより、遺産分割協議によって分割方法を決めることができるようになります。
ここでは、成年後見人を選任して遺産分割する場合のデメリットについて説明します。
(1) 柔軟な遺産分割協議ができない可能性がある
基本的に、成年後見人は成年被後見人の利益のために働きますので、成年後見人は、被後見人の相続分を最大限にしようとし、被相続人が法定相続分を相続できるように努めます。そのため、柔軟な遺産分割ができない可能性があります。
(2) 特別代理人が必要なケースがある
判断能力に欠ける者の親族が成年後見人になることがあります。この場合、成年被後見人と成年後見人が共に同じ被相続人の共同相続人となるケースが発生します。
成年被後見人と成年後見人が同じ共同相続人になっていると、成年被後見人と成年後見人は「利益相反」の関係になりますので、その成年後見人は、当該相続においては成年被後見人の代理人になることはできず、特別代理人を選任する必要があります。
[参考記事] 未成年者の相続放棄|親権者が代理する際に注意すべき利益相反(3) 成年後見人への報酬は支払い続ける
一度成年後見人をつけると、原則、成年被後見人が亡くなるまで後見業務は続きます。
親族が成年後見人になり、報酬が無償の場合もありますが、成年後見人に報酬を支払う場合も多くあります。
その結果、成年後見人に支払う費用も継続的に必要になります。
3.相続人のための生前対策
最後に、判断能力に欠ける相続人に対して生前に行なうことができる対策について見ていきます。
(1) 遺言書を書いておく
判断能力に欠ける相続人がいる場合の生前対策としては、まず、遺言書を書いておく方法が考えられます。
遺産分割においては、遺言書があれば基本的には遺言書が優先されます。
そのため、遺言書を作っておけば、遺産分割協議をしなくても遺言書に書かれたとおりに遺産分割することができますので、障がいや認知症等の相続人にも財産を譲り渡すができます。
遺言書を作成する際には、次の点に注意しましょう。
すべての遺産について相続方法を指定する
遺言書で、すべての遺産の相続方法を指定しておく必要があります。
例えば、次のように指定しておきます。
- 自宅不動産をAに相続させる。
- XXX銀行の預貯金をBに相続させる。
- その他の財産をCに相続させる。
遺言執行者を指定する
遺言執行者とは遺言に書かれている内容を実行する権限がある者で、遺言書の中で遺言執行者を指定しておくことにより、遺言通り相続手続きを行なってもらえます。
つまり、相続人に代わって遺言執行者が単独で相続手続き、例えば、不動産の相続登記、預貯金の払戻・解約等を行うことができます。
結果的に、判断能力に欠ける相続人がいる場合は、遺言書で遺言執行者を指定しておくことにより、成年後見人がいなくても遺言書の通り相続手続きが行えることになります。
[参考記事] 遺言執行者とは|相続人と同一でもいい?権限やできないことは?(2) 家族信託を組成する
家族信託とは、自分の家族などに、財産の管理・運用、および処分する権限を与えておく方法です。
家族信託には、次の3者が必要となります。
- 委託者:財産を信託する者
- 受託者:信託財産の管理・運用を任せられる者
- 受益者:信託財産から利益を得る者
例えば、相続人となる人の中に判断能力が欠けている人がいる場合には、次のように家族信託を組成することができます。
- 委託者:被相続人
- 受託者:相続人のうち、判断能力がある者
- 受益者:被相続人(被相続人が存命の間)
- 第2受益者:判断能力に欠ける相続人(委託者の死亡で受益権が第2受益者に移転するよう設定)
家族信託を活用することにより、被相続人となる委託者が、判断能力のある相続人を受託者として自分の財産を委託し、被相続人の死亡によって判断能力に欠ける相続人が第2受益者になるようにしておけば、判断能力に欠ける相続人は信託財産の管理等を受託者に行ってもらいながら信託財産から利益を受けることができます。
[参考記事] 家族信託とは?メリット・デメリットや活用方法をわかりやすく解説4.まとめ
今回は、「相続人に高齢者や障がいを持つ子供がいる場合の相続」に焦点を当てて説明しました。
対策を検討して実施する上では専門知識が必要になりますので、素人にとっては敷居が高いものです。
そのため、障がいや認知症等を患っている相続人がいる被相続人の方、あるいは、そのご家族の方は、相続の経験豊富な法律事務所にご相談されてことをお勧めします。
泉総合法律事務所では、相続問題に積極的に取り組んでおります。「自分が亡き後に残された障がいを持つ子供が心配」「高齢で認知症を発症した相続人がおり、遺産分割協議ができない」などのお悩みがありましたら、是非、ご相談ください。