債権者が不動産の相続持分に仮差押えをしてきたら
相続によって不動産を取得した場合に、その権利を債権者や第三者に対して主張することができるかどうかについては、相続登記をしていたかどうかによって結論が異なります。
今回は、債権者が不動産の相続分に仮差押えをしてきた場合を例に挙げて、共同相続時の対抗要件の問題について解説します。
1.仮差押えによる保全手続きとは
相続した不動産の登記を調べてみると、被相続人または相続人の債権者による仮差押えがなされていることがあります。
そもそも仮差押とは、どのような制度なのでしょうか。以下では、仮差押えについての基本的事項について説明します。
(1) 仮差押えとは
仮差押えとは、相手方からお金を確実に回収するために、訴訟手続きを行う前に、相手方の財産を仮に差し押さえる保全手続のことをいいます。
たとえば、相手方が不動産を所有していた場合には、不動産を競売(売却)して貸したお金の回収を図ることができます。しかし、不動産を売却するには、訴訟手続きを行い、判決を得て、さらに執行手続きを行わなければならないなど、時間と手間がかかってしまいます。
その間に相手方が不動産を第三者に売却してしまえば、訴訟で判決を得たとしても、貸したお金を回収することができなくなってしまいます。
そこで、あらかじめ相手方が財産を処分することができないようにするために、仮差押えが行われるのです。
(2) 仮差押えの効力
仮差押えには、差し押さえをされた債務者が財産を処分することを禁止する効力があります。そのため、仮差押え後に時間をかけて訴訟手続きを行い、判決を得て、執行手続きを行ったとしても確実に債権を回収することが可能になります。
また、仮差押えには、債務者に対して心理的なプレッシャーを与えるという効力もあります。
債務者の預貯金口座が仮差押えされた場合には、債務者は、預貯金を引き出すことができなくなり、債務者の生活に大きな不利益を与えるものといえます。
そのため、そのような不利益からの解放を求めて、債務者からの任意の支払いが期待できるという効果もあります。
(3) 仮差押えを放置していたらどうなる?
仮差押えは保全手続きの一種です。そのため、不動産の仮差押えをしたとしても、当該不動産の処分が禁止されるだけであり、債権者が当該不動産から債権を回収することができるわけではありません。
債権者が仮差押えをした財産から債権を回収するには、その後の訴訟手続きおよび執行手続きを経る必要があります。
そのため、仮差押えを放置していたとしても、直ちに財産を失うということはありません。
しかし、将来訴訟手続きおよび執行手続きが行われると、財産を失うリスクがあります。また、仮差押えされた不動産を売却しようとしても、仮差押えの登記がなされた状態では買い手がつかないため、処分することができない状態となります。
2.対抗要件に関する相続法の改正点
さて、平成30年7月6日の相続法の改正によって、対抗要件に関する考え方が変更されることになりました。
(1) 従来の対抗要件の考え方
従来の対抗要件の考え方は、相続人が相続した遺産が遺言によるものか、遺産分割によるものかによって以下のとおり異なる扱いがとられていました。
①遺言による相続
遺言によって、「長男の相続分を遺産の3分の2と指定する」などの法定相続分を超える相続分の指定がなされた場合の不動産の権利取得に関して、判例は、権利を承継した相続人は、登記(対抗要件)なくして、その権利を第三者に対抗することができるとしていました(最高裁平成5年7月19日判決)。
また、「A不動産を長男に相続させる」などの相続させる旨の遺言がある場合に、それを遺産分割方法の指定とした上で、法定相続分を超える権利を取得した相続人は、その権利を登記なくして第三者に対抗することができるとされていました(最高裁平成14年6月10日判決)。
このように、遺言による相続の場合には、第三者や債権者に対しては、相続登記をしなかったとしても、法定相続分を超える権利の取得を主張することができるとされていました。
②遺産分割による相続
遺産分割によって、法定相続分を超える不動産に関する権利を取得した相続人は、分割後に当該不動産につき権利を取得した第三者に対して、登記がなければ法定相続分を超える部分について権利を対抗することができません(最高裁昭和46年1月26日判決)。
これは、遺産分割には、遡及効が認められるものの、第三者との関係では相続人が相続により一旦取得した権利について、分割時に新たな変更を生じるものと実質的に異ならないため、二重譲渡があった場合と同様に、民法177条を用いて処理するのが取引の安全に適うという配慮によるものです。
(2) 改正法による対抗要件の考え方
従来の考え方では、権利の取得が遺言によるものであるか、遺産分割によるものであるかに分けて扱いを異にしていました。しかし、遺言の有無や内容は、第三者にはわからないにもかかわらず、それによって扱いを異にするのは取引の安全を害することになります。
そこで、改正法では、「相続による権利の承継は、遺産の分割によるものかどうかにかかわらず、次条及び第九百一条の規定により算定した相続分を超える部分については、登記、登録その他の対抗要件を備えなければ、第三者に対抗することができない」(民法899条の2第1項)として、従来の判例における取り扱いを変更して、取引の安全に配慮した取扱いにしました。
これによって、遺言であるか遺産分割であるかを問わず、相続によって法定相続分を超える権利を取得した場合には、相続分を超える部分については相続登記をしなければ、自分の権利を第三者に主張することができなくなりました。今後は登記(対抗要件)を早期に備えることがより重要になるといえます。
以下では、さらに具体的なケースにおいて不動産の相続がどうなるかを解説していきます。
3.相続しようとしたら被相続人の債権者により仮差押登記がされていた場合
被相続人の遺産である不動産を相続しようと登記を調べてみたところ、被相続人の債権者から仮差押えをされていたということがあります。
このような場合には、どのように対応したらよいのでしょうか。
相続人は、相続によって被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継することになります(民法896条)。したがって、被相続人のプラスの財産だけでなく、借金などのマイナスの財産も相続することになり、仮差押えがされた不動産も、そのままの状態で相続することになります。
しかし、仮差押えがされた状態では、相続人は当該不動産を処分することができません。そのため、以下のような対応をとることによって、仮差押え登記の抹消または取り消しをすることができる可能性があります。
(1) 債権者との交渉による仮差押えの取り下げ
不動産に仮差押えをした債権者は、被相続人に対して何らかの債権を有しており、相続人が相続放棄や限定承認をしないのであれば、被相続人の債務もそのまま相続することになります。
そのため、債権者と相続人との間で、借金の返済方法などについて話し合いを行い、債権者の協力を得て保全命令の申立ての取り下げをもらい、裁判所から仮差押え登記の抹消嘱託をしてもらうことで解決を図ります。
この方法は、一定額の債務の弁済が必要になるため、ある程度の資力がなければ難しいといえます。また、債権者の協力が必要になるため、債権者の協力が得られない場合には、以下のような保全取消の申立てを行うことになります。
(2) 保全取消の申立て(起訴命令)
起訴命令による保全取消の申立てとは、裁判所から債権者に対して一定期間内に本案の訴えの提起を命じ、その期間内に債権者から訴えの提起がない場合には、債務者の申立てにより保全命令(仮差押え)を取り消すという制度です(民事保全法37条)。
起訴命令を行うことによって、債権者から本案訴訟を提起されるというリスクが生じますが、仮差押えから相当期間経過している場合には、当事者も死亡して、証拠も散逸しているため、わざわざ時間と費用をかけて訴訟を提起する可能性は低いといえます。
(3) 保全取消の申立て(事情変更)
事情変更による保全取消の申立てとは、仮差押え後に、仮差押えを存続させておくことが不当と認められる事情が新たに発生した場合や、仮差押えの要件が消滅したような場合には、債務者の申立てにより保全命令(仮差押え)を取り消すという制度です(民事保全法38条)。
既に被相続人が債務の全額を弁済したにもかかわらず、仮差押え登記だけが残っていたというケースでは、この方法によって仮差押え登記の抹消を行うことになります。
4.相続不動産の仮差押えについてのよくある質問(FAQ)
最後に、よくある質問として、共同相続人の1人の債権者からの仮差押えについて取り上げておきましょう。
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相続した不動産に共同相続人の債権者の仮差押えがされていたらどうすればいい?
被相続人の遺産のうち、不動産を単独で相続する予定であったものの、相続登記を行う前に、他の相続人の債権者が当該相続人の法定相続分に相当する持分に対して仮差押えを行うことがあります。このような場合には、単独相続を予定していた相続人としてはどのように対応すればよいのでしょうか。
改正相続法のもとでは、遺言によるものか遺産分割協議によるものかを問わず、法定相続分を超える権利の取得を主張することができるかどうかは、登記の先後によって決めることになりますが、この事案では、相続登記を経る前に仮差押え登記がなされています。したがって、仮差押え登記をした債権者が優先することになり、相続人は、法定相続分を超える権利を取得したことを、仮差押え登記をした債権者に主張することはできません。
仮差押え登記を抹消するためには、仮差押えによって保全される債権を他の相続人に代わって弁済する必要があるでしょう。
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共同相続人の債権者の仮差押えの後に、その共同相続人が相続放棄したらどうすればいい?
上記のケースでその後、当該相続人が相続放棄をした場合には、単独相続を予定していた相続人としてはどのように対応すればよいのでしょうか。
上記のケースと同様に、対抗要件を登記の先後によって判断するとなれば、不動産を単独相続した相続人の相続分を超える部分は、仮差押え登記を行っていた債権者が優先することになります。しかし、判例は、「相続放棄は、相続人の利益を保護しようとするものであって、その効果は相続開始時に遡り、かつ、その効果は絶対的である」として、相続放棄による権利取得は登記なくして第三者に対抗することができるとしています(最高裁昭和42年1月20日判決)。
したがって、不動産を単独相続する予定の相続人は、相続登記を経ることなく、法定相続分を超える権利の取得を、仮差押えをした債権者に対して主張することができます。
5.まとめ
相続法が改正されたことによって、相続登記の重要性がより高まることになりました。
遺言や遺産分割協議によって不動産を取得することになった場合には、早めに相続登記の手続きを行うようにしましょう。