家族信託における受託者の義務・職務の内容
相続対策としても活用できる「家族信託」において、受託者が果たす役割は非常に重要です。
信託という仕組みは、受託者の働きによって成否が左右される部分が大きいことから、信託法では受託者の義務や責任について詳細に定められています。
そのため、家族信託の受託者に就任した方は、信託法の規定を十分に踏まえたうえで信託事務を執り行いましょう。
この記事では、家族信託における受託者の義務・職務の内容について解説します。
1.家族信託の「受託者」とは?
家族信託では、受託者は委託者から財産の信託譲渡を受け、その財産を受益者のために管理・運用・処分する義務を負います。
信託行為(信託契約・遺言)で定められた内容が実現されるかどうかは、受託者がその内容に従って適切に事務を行うかどうかにかかっています。
そのため、家族信託の受託者はきわめて重要な職責を担っていると言えるのです。
2.家族信託の受託者が負う義務の内容
家族信託の受託者は、信託財産の形式上の所有者であるものの、「受益者のために」信託財産を運用するという至上命題を負っています。
信託法においても、受託者が受益者のために行動するという基本的な前提を確保するため、受託者に以下の義務を課しています。
(1) 信託の本旨に従って信託事務を処理する義務
受託者は、信託の本旨に従い、信託事務を処理しなければなりません(信託法29条1項)。
「信託の本旨」とは、わかりやすく言えば「信託の目的・内容」のことです。
つまり受託者は、信託契約や遺言の内容を遵守して、信託事務を執り行う必要があります。
(2) 善管注意義務
受託者は、善良な管理者の注意をもって、信託事務を処理することが義務付けられています(信託法29条2項)。
これを一般に「善管注意義務」と略称します。
受託者が過失によって信託財産を毀損させた場合には「善管注意義務違反」に当たり、後述する損失てん補責任などを負担することになります。
(3) 忠実義務
受託者は、受益者のため忠実に、信託事務の処理などを行わなければなりません(信託法30条)。
これを「忠実義務」といいます。
忠実義務は、善管注意義務を明確化したものであると解するのが最高裁判例の立場です(最高裁昭和45年6月24日判決)。
つまり、善管注意義務の中でも、「受益者のために」という部分がいっそう強調されたものが「忠実義務」であると理解しておけば良いでしょう。信託法の場合は、忠実義務を明確にした義務として、後記の「利益相反行為禁止義務」(信託法第31条)や「競合行為禁止義務」(同第32条)が定められています。
(4) 利益相反行為をしない義務
受託者は、信託財産を受益者のために運用する立場にあるため、受益者と利益が相反する行為は原則として禁止されています(利益相反行為禁止。信託法31条1項各号、32条1項)。
ただし、信託行為で利益相反行為が許容されている場合や、受益者に対して重要な事実を開示したうえで承諾を得た場合などには、例外的に利益相反行為をすることができます(同条2項各号、32条2項)。
また競合行為禁止(信託法第32条)は、特定の財産取得等により財産増殖の機会がある場合、かかる財産は受託者として取得すべきで、自己の名義で取得するのが競合義務違反になる場合があります。
(5) 公平義務
家族信託の受益者が複数いる場合には、受託者は、受益者のために公平に職務を行わなければなりません(信託法33条)。
公平義務の意味するところは、「受益権割合に応じて、収益の分配その他の事務を行う」ということになります。
つまり、受益権割合に応じて扱いに差をつけることは問題ないけれども、それ以外の理由による差別はNGです。
(6) 分別管理義務
受託者は信託財産の形式上の所有者となりますが、その財産は受益者のために運用する必要があります。
そのため、受益者の固有財産(自分の財産)と信託財産は、分別して管理しなければならないとされています(信託法34条1項)。
分別管理の方法は、以下のとおりです。
信託の登記・登録ができる財産
① 信託の登記・登録を行う
信託の登記・登録ができない財産
① 金銭以外の動産 →固有財産と信託財産を外形上区別できる状態で保管する
② 金銭および①以外の財産(債権など) →その計算を明らかにする
(7) 第三者の選任・監督に関する義務
受託者が第三者に信託事務の処理を委託する場合には、信託の目的に照らして、適切な者に委託しなければなりません(信託法35条1項)。
また、実際に信託事務の処理を第三者に委託した場合には、受託者が委託先について必要かつ適切な監督を行う義務を負います(同条2項)。
なお、信託は受託者に対する固有の信頼に基づいて設定されるものであるため、受託者から第三者への信託事務処理の委託については、一定の要件を満たす場合に限定されています(信託法28条)。
(8) 委託者・受益者への報告義務
委託者・受益者は、受託者に対して、信託事務の処理状況や信託財産・債務の状況について随時報告を求めることができます(信託法36条)。
したがって、受託者が委託者または受益者から報告要請を受けた場合には、それに応じて必要十分な内容の報告をしなければなりません。
(9) 帳簿等の作成・報告・保存義務
受託者は、信託事務に関する計算や、信託財産・債務の状況を明らかにするため、信託財産の帳簿書類等を作成する義務を負います(信託法37条1項)。
帳簿書類等の内容は、原則として受益者に報告しなければなりません(同条2項)。
また、受益者が請求する場合には、特別な理由がない限り、帳簿書類等の閲覧・謄写を認める必要があります(信託法38条1項)。
3.家族信託に関して受託者が負担する責任
受託者が上記で解説した義務を怠ったことにより、信託財産に損失が生じた場合には、当該損失をてん補する責任を負います(信託法40条1項1号)。
また、任務懈怠の結果として信託財産が変更された場合には、受託者は原状回復をしなければなりません(信託法40条1項2号)。
なお、受託者の損失てん補責任・原状回復責任は、受益者による免除が認められています(信託法42条1号)。
4.家族信託の受託者が行う職務の具体例
上記で解説した受託者の義務内容を踏まえて、金銭信託と不動産管理処分信託の2つを例にとり、実際に受託者が行うべき職務の具体例をいくつか見てみましょう。
(1) 金銭信託の場合
信託財産が金銭のケースで、受託者が行うべき主な職務は、以下のとおりです。
①受託者口座の開設
信託財産である金銭は、一般的には預貯金口座や証券口座において管理することになります。
預貯金債権等は、信託法上は「計算を明らかにする方法」(信託法34条1項2号ロ)によって分別管理すれば足ります。
しかし、固有財産と信託財産をきちんと分けるという趣旨を全うするためには、受託者自身の固有口座とは別に、受託者口座(信託口座)を開設しておくべきでしょう。
②資産運用の指図
受託者口座の開設後、受託者は金融商品の購入・保有・売却など、資産運用に関する指図を行います。
運用方針については、信託行為(信託契約・遺言)において定められているのが通常なので、その定めに従って運用を行う必要があります。
③委託者・受益者に対する運用結果の報告
資産運用の結果を踏まえて、受託者は帳簿書類を作成し、その内容を受益者に対して報告する必要があります。
特に貸借対照表・損益計算書などは、毎年1回一定の時期に作成する必要があるので、少なくとも年1回の報告を行わなければなりません。
また、委託者や受益者が求める場合には、随時運用状況について報告しなければならない点は前述のとおりです。
④受益者に対する収益の分配
信託財産の運用によって得られた収益は、信託行為の定めに従って、受託者が受益者に対して分配します。
(2) 不動産管理処分信託の場合
信託財産が不動産のケースで、受託者が行うべき主な職務は以下の通りです。
①不動産の信託設定登記
信託財産が不動産の場合、分別管理義務の規定上、信託設定登記を行うことが必須となります(信託法34条1項1号)。
信託設定登記は、弁護士を通じて司法書士に依頼するのがスムーズです。
②賃料の回収
不動産管理処分信託では、不動産を賃貸して賃料収入を得るのが一般的です。
そのため、賃料の回収についても受託者の職務の一つとなります。
実際には、賃料の回収を管理会社に委託するケースも多いでしょう。
ただしその場合には、受託者が管理会社の選任・監督義務を負うことに注意が必要です。
③不動産の売却
不動産管理処分信託の場合、最終的に不動産を売却することが予定されています。
いつ売却するか、どのような条件が揃ったら売却してよいかなどについては、受託者が勝手に判断するのではなく、信託行為の定めに従わなければなりません。
④受益者に対する賃料収入・売却代金の分配
信託不動産の運用によって得られた賃料収入や、売却によって得られた代金収入は、受託者によって受益者に分配されます。
5.まとめ
家族信託の受託者に指名された場合、信託行為や信託法の規定に沿って信託事務を行う必要があるうえ、任務懈怠に対しては損失てん補などの責任を負うことになってしまいます。
そのため、受託者が実際に信託事務を執り行う際には、信託行為や信託法の内容をよく理解しておくことが大切です。
もし受託者の義務や職務についてわからないことがある場合には、一度弁護士までご相談ください。
対応方針や留意点などについて、状況に合わせたアドバイスをいたします。