信託宣言(自己信託)とは?|家族信託の設定方法
相続対策として注目されている信託は、信託契約・遺言以外にも、「信託宣言(自己信託)」という方法によって設定することができます。
「信託宣言(自己信託)」の仕組みにはわかりにくい部分がありますので、実際に活用する際には、信託法上のルールや取り扱いを正確に理解しておきましょう。
本稿では、信託宣言(自己信託)によって設定する家族信託について、メリット・デメリット・活用例などを解説します。
1.家族信託の設定方法は3種類
家族信託を設定する場合、当初の信託行為(信託を設定する行為)としては、「信託契約」「遺言」「信託宣言(自己信託)」の3種類が認められています(信託法3条)。
(1) 信託契約
もっともオーソドックスな家族信託の設定方法は、信託契約の締結です(信託法3条1号)。
信託契約は、委託者と受託者の間で締結されます。
さらに、受益者を当事者に含めることも多いです。
信託契約の中で、信託財産の運用方法などを詳細に定めることにより、柔軟に家族信託を設計することができます。
(2) 遺言
家族信託は、遺言によっても設定することができます(信託法3条2号)。
遺言による場合も、信託契約による場合と同様に、家族信託の設計内容について遺言の中で詳細に定めることになります。
ただし遺言の場合、民法で定められた方式(自筆証書・公正証書・秘密証書)に沿って作成しなければならないほか、受託者による信託の引受け(=受託者への就任承諾。信託法5条)が必要となることに注意が必要です。
(3) 信託宣言(自己信託)
家族信託を設定する3つ目の方法として認められているのが、「信託宣言(自己信託)」です。
信託宣言(自己信託)とは、自己の所有する財産を、今後は自ら受託者として受益者のために管理する(信託する)ことを宣言する意思表示をいいます。
つまり、信託宣言(自己信託)により設定される家族信託では、「委託者=受託者」となる点に大きな特徴があります。
信託宣言(自己信託)の場合、信託財産の所有権は引き続き委託者(=受託者)が有することになります。
しかし、信託財産はあくまでも、委託者(=受託者)が受益者のために管理するものという位置づけです。
そのため信託財産は、委託者(=受託者)固有の財産から分別して管理され、そこから生じる経済的利益は受益者のために分配されます。
2.信託宣言により家族信託を設定するメリット
信託宣言(自己信託)の方法によって家族信託を設定すると、主に以下のメリットを得ることができます。
(1) 委託者が自分で財産の管理を継続できる
信託契約によって家族信託を設定する場合、委託者とは別の受託者が信託財産を管理することとなります。
これに対して信託宣言(自己信託)の場合、委託者は受託者でもありますので、委託者自ら信託財産を引き続き管理することができます。
よって、信託財産を自ら引き続き管理しつつ、経済的利益だけを他の人に移転したいという場合には、信託宣言(自己信託)により家族信託を設定することが有効でしょう。
(2) 遺留分対策になり得る
信託宣言(自己信託)により家族信託を設定すると、その段階で受益者が「信託受益権」を取得します。
信託受益権とは、信託財産から生じる収益の分配を受けられる権利ですので、当然に経済的価値を有します。
信託受益権の経済的価値は、委託者兼受託者から受益者に移転されたものと見ることができますので、実質的な「贈与」に当たります。
そのため、信託宣言(自己信託)が相続開始前10年以内(法定相続人以外が受益者の場合は1年以内)に行われた場合は、信託受益権の付与が遺留分侵害額請求の対象となってしまう点に注意が必要です(民法1045条1項、3項、1046条1項)。
しかし逆に言えば、上記の期間よりも前に信託宣言(自己信託)をしていれば、信託受益権の付与を遺留分侵害額請求の対象から外すことができます。
もし財産を自ら引き続き管理したい場合、信託宣言(自己信託)によって当該財産を信託すれば、その段階で受益者に「信託受益権」の形で経済的価値が移転します。
この信託受益権の付与が、相続開始の10年以上前(法定相続人以外が受益者の場合は1年以上前)であれば、遺留分侵害には当たらなくなるのです。
つまり、所有権の譲渡によって管理処分権と同時に経済的価値を移転するよりも、信託宣言(自己信託)によって先に経済的価値だけを移転しておく方が、遺留分侵害の対象期間から早期に外れることになります。
このように、信託宣言(自己信託)による家族信託は、遺留分対策としても有効に機能する可能性があるのです。
信託宣言(自己信託)による家族信託の設定は、特定の相続人に多くの財産を渡したい場合の遺留分対策としても、検討する価値があると言えるでしょう。
(3) 倒産隔離効果がある
信託の特徴である「倒産隔離」の効果は、信託宣言(自己信託)による場合でも得ることができます。
倒産隔離とは、委託者や受託者の固有債権者が、信託財産から債権を回収することはできないことを意味します。
つまり、仮に委託者や受託者が倒産した場合であっても、信託財産は債権回収の対象とならず、そのまま保全されるのです。
信託宣言(自己信託)による家族信託の場合、信託財産の所有者は、従前から引き続き委託者兼受託者となります。
しかし、信託宣言(自己信託)によって倒産隔離効果が生じているため、もし委託者兼受託者が倒産した場合でも、受益者は信託財産から利益を受け続けることができるのです。
信託宣言(自己信託)の当時にご自身が倒産することまで想定している方は少ないと思いますが、副次的な効果として「倒産隔離」のメリットが得られることを知っておきましょう。
3.信託宣言のデメリット
信託宣言(自己信託)には、他の信託設定方法と比較した場合に、いくつかの注意点が存在します。
実際に家族信託を設定する際には、信託宣言(自己信託)を含めた各設定方法のメリット・デメリットを比較して、最適な方法を選択することが大切です。
(1) 委託者自ら信託事務を行う必要がある
信託宣言(自己信託)の場合、委託者が受託者を兼務して、自分で信託財産を管理します。
このことは、委託者の意向に沿うことができるメリットがある一方で、委託者自ら信託事務を行う手間を負担する側面があることに注意が必要です。
家族信託の受託者には、信託法上、以下に挙げる様々な義務が課されています。
- 信託の本旨に従って、信託事務を処理する義務(29条1項)
- 善管注意義務(同条2項)
- 忠実義務(30条)
- 利益相反行為をしない義務(31条1項、32条1項)
- 公平義務(33条)
- 分別管理義務(34条1項)
- 第三者の選任、監督に関する義務(35条1項、2項)
- 受益者への報告義務(36条)
- 帳簿等の作成、方向、保存義務(37条1項、2項)など
委託者兼受託者は、これらの義務を遵守して信託事務を執行しなければなりません。
また、任務懈怠があった場合には、損失のてん補などに関する責任を負うことになります(信託法40条1項)。
信託宣言(自己信託)によって家族信託を設定する場合、委託者兼受託者は、信託財産についてこれまでとは異なる義務と責任を負うのだと自覚しておく必要があるでしょう。
(2) 公正証書によることが必須
信託宣言(自己信託)によって家族信託を設定する場合、信託の条項を定めた公正証書を作成することが必須とされています(信託法3条3号)。
信託契約の場合には、契約締結の方式が指定されていないことと比べると、信託宣言(自己信託)の場合、信託設定時の手間が少し多めにかかってしまう点がデメリットといえるでしょう。
なお、信託宣言(自己信託)の公正証書には、以下の事項を定める必要があります(信託法施行規則3条)。
- 信託の目的
- 信託をする財産を特定するために必要な事項
- 自己信託をする者の氏名または名称及び住所
- 受益者の定め(受益者を定める方法の定めを含む)
- 信託財産に属する財産の管理または処分の方法
- 信託行為に条件または期限を付すときは、条件または期限に関する定め
- 信託の終了事由(当該事由を定めない場合にあっては、その旨)
- 1~7に掲げるもののほか、信託の条項
4.信託宣言(自己信託)による家族信託の活用例
最後に、信託宣言(自己信託)によって設定する家族信託の活用例を2点紹介します。
(1) 段階的な事業承継
信託宣言(自己信託)による家族信託は、事業承継の場面でよく用いられます。
たとえばオーナー経営者が、後継者を選定した段階で、今後しばらくは自分で経営を継続しつつ数年後に後継者へと完全に経営権を委譲したいと考えているとしましょう。
この場合、後継者を受益者として、会社株式について信託宣言(自己信託)を行う手法を用いることが考えられます。
オーナー経営者は、委託者兼受託者として、議決権を含めた会社株式に関する権利を引き続き行使します。
その一方で、株式配当などの経済的利益については後継者に分配します。
また、数年後には信託を終了させ、信託財産である会社株式を受益者に交付するように定めておきます。
このような信託宣言(自己信託)の仕組みを利用すれば、オーナー経営者の希望内容を反映しつつ、円滑な事業承継を行うことが可能になるでしょう。
(2) 幼い子への財産承継
孫などの幼い子に対して財産を譲り渡すとしても、たとえば成人になるまでなど、判断能力を備えるまでの期間は財産管理に関する後見人的役割を果たす人が必要です。
もし受託者として信頼できる人に心当たりがない場合には、信託宣言(自己信託)を行い、委託者が自ら受託者として後見人的役割を果たす方法が考えられます。
信託宣言(自己信託)による家族信託を設定すれば、委託者兼受託者が財産の運用方法などをすべて決められます。
そのため、「自分が一番信頼できる」と考えている方が、幼い子に対して財産を譲りたい場合には、信託宣言(自己信託)を活用することが有効になり得るでしょう。
ただし、万が一ご自身に何かがあった場合に備えて、後継受託者の選任に関する手配をしておくことをお勧めいたします。
5.まとめ
信託宣言(自己信託)は、家族信託を設定するための、信託契約・遺言に次ぐ方法です。
公正証書を作成しなければならないなど一定の制約はありますが、状況によっては委託者のニーズを満たせる場合があります。
家族信託の設定方法を選択する際には、信託契約・遺言・信託宣言(自己信託)の3つについて、それぞれの特徴・メリット・デメリットを比較するとよいでしょう。
もし設定方法の選択など、家族信託に関して悩む点がある場合には、泉総合法律事務所の弁護士にご相談ください。
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