民法改正|遺言執行者の権限を強化するルール変更の内容は?
2019年7月1日より、改正相続法の遺言執行者に関する新規定が施行され、遺言執行者の権限内容が条文により明確化・強化されました。
今後の相続において遺言執行者として職務を行う方は、改正相続法のルールを踏まえた対応を行う必要があります。
この記事では、2019年施行・改正相続法による、遺言執行者に関するルールの変更内容を解説します。
1.遺言執行者とは?
「遺言執行者」とは、その文字通り、遺言内容を実現(執行)するために行動する人をいいます。
遺言書の中には、被相続人の遺産相続に関する意思内容が表現されています。
しかし、相続が開始した段階では、すでに被相続人はこの世を去っています。
そこで、被相続人の遺産相続に関する意思を実現するため、中立的な立場で遺言内容を執行する役割を果たすのが「遺言執行者」です。
[参考記事] 遺言執行者とは|相続人と同一でもいい?権限やできないことは?(1) 遺言執行者になることができる人は?
民法上、遺言執行者の欠格事由(遺言執行者になれない人)として「未成年者」と「破産者」が規定されています(民法1009条)。
逆に言えば、未成年者または破産者でない人であれば、だれでも遺言執行者になる資格があります。
中立性の観点からは、弁護士などの専門家が遺言執行者になることが望ましいでしょう。
しかし、実際には相続人の中から遺言執行者が選任されることもよくあります。
遺言執行者は、以下のいずれかの方法によって指定・選任されます。
- 遺言書によって指定される(民法1006条1項)
- 遺言書に基づき委託を受けた第三者によって指定される(民法1006条1項)
- 利害関係人の請求に基づき、家庭裁判所が選任する(民法1010条)
(2) 相続法改正前の遺言執行者に関するルールの問題点
相続法改正前の民法では、条文上、特に、遺言執行者がどのような立場で行動するのか、どのような権限を有するのかなどについて、不明確な部分が多く存在しました。
そこで、2019年施行の相続法改正により、遺言執行者の立場や権限内容が、民法の条文によって明確化されました。
今回の相続法改正を機に、より統一されたルールに基づき、安定した遺言執行が行われることが期待されます。
2.相続法改正による遺言執行者に関するルール変更の内容
2019年施行の改正相続法による、遺言執行者に関するルール変更の内容は、以下のとおり多岐にわたります。
遺言執行者を指定したい人や、遺言執行者として職務を行う方は、以下の変更内容を含めて、民法上のルールを正確に把握しておきましょう。
(1) 遺言内容を相続人に通知する義務の新設
従来から、遺言執行者は就任直後から、直ちにその任務を行わなければならないとされていました(民法1007条1項)。
今回の相続法改正では、上記に加えて、遺言執行者が任務を開始した場合には、遅滞なく遺言の内容を相続人に通知しなければならない旨が定められました(同条2項)。
(2) 遺言執行者の立場・権限内容の明確化
相続法改正前の民法では、遺言執行者の権利義務について、「相続財産の管理その他の遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する」とのみ規定されていました。
今回の相続法改正では、遺言執行者は「遺言の内容を実現するため」に職務を行うこと(民法1012条1項)、および遺贈の履行についても遺言執行者のみが行うことができること(同条2項)が新たに規定され、遺言執行者の立場と権限内容が明確化されました。
(3) 遺言執行の妨害に関する取り扱いを明文化
遺言執行者がある場合には、相続人は、相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるような行為をすることが禁止されています(民法1013条1項)。
このルールは相続法改正前から規定されていましたが、実際に相続人による妨害行為が行われた場合にはどのように取り扱われるかについては、法令上の明確な規定がありませんでした。
一方、最高裁の判例上では、遺言執行を妨害する相続人の行為は「無効」と解されていました(最高裁昭和62年4月23日判決)。
しかし、すべての人との関係で無効と解すべきなのか(絶対的無効)、それとも事情を知らない善意の第三者との関係では有効と解すべきなのか(相対的無効)については、議論が分かれていました。
この遺言執行の妨害に関する取り扱いについて、今回の相続法改正では、以下のとおりルールが明文化されました。
- 相続人による遺言執行の妨害に当たる行為は、無効とする(同条2項本文)
- 遺言執行の妨害行為の無効は、善意の第三者に対抗することができない(同項ただし書)
例えば、遺言により遺産である不動産を取得できなかった相続人の1人が、遺言を無視して不動産を自己名義に書き換え、第三者に売却し、所有権移転登記をしたとします。この不動産の買主である第三者が、遺言執行者がいることを知らなかった(善意)の場合には、遺言執行者は、この買主である第三者に対して、所有権移転登記の抹消請求をできないことになります。
つまり、改正相続法により、判例の無効説を踏襲しつつ、議論が分かれていた無効の範囲について、相対的無効説(「善意の第三者に対しては」無効を対抗できない、という相対的な無効とする)が採用されたことになります。
(4) 特定財産に関する遺言執行者の権限内容を具体的に規定
遺言により、特定の財産のみの配分が指定された場合には、遺言執行者は当該財産に限って、遺言執行に関する職務を行います。
そこで、遺言執行者が特定財産について遺言執行の職務を行う場合には、遺言に基づく権利の移転を確実に行うため、以下の権限を有することが条文で明記されました。
なお、下記は原則的なルールを定めたものに過ぎず、被相続人が遺言で別段の意思を表示したときは、その意思に従って遺言執行者の権限内容が定められます(民法1014条4項)。
①登記などの対抗要件を具備するために必要な行為
特定の財産を共同相続人に承継させる旨の遺言がある場合には、遺言執行者は、当該共同相続人が民法899条の2第1項に規定される対抗要件を備えるために、必要な行為をすることができます(民法1014条2項)。
民法899条の2第1項によれば、法定相続分を超えて遺産を承継する場合には、超過分については登記・登録その他の対抗要件を備えなければ、第三者に対抗できないとされています。
この規定を受けて、民法1014条2項では、遺言執行者に法定相続分を超えた遺産の承継について対抗要件具備の手続きを行わせ、共同相続人の権利を保全することが意図されているのです。
たとえば、被相続人から配偶者Aが自宅の土地・建物を遺贈された場合、遺言執行者はAのために、自宅の土地・建物について所有権移転登記手続きを行う権限を有します。
なお、遺言執行の対象が不動産の場合、遺言執行者の権限は、あくまでも対抗要件具備の手続きを行うまでに留まり、実際に明渡しを求める権限までは有しないものと解されています(※51頁)。
※民法(相続関係)等の改正に関する 中間試案の補足説明
・遺言執行対象が動産の場合、引き渡し請求が可能
たとえば、被相続人から長男Aが自宅の土地・建物を遺贈されたケースで、次男Bが当該土地・建物を占有し、明渡しを拒否している場合を考えます。
この場合、遺言執行者はAのために、当該土地・建物について所有権移転登記手続きを行う権限を有しますが、Bに対して当該土地・建物の明渡しを求める権限までは有しません。
これに対して、遺言執行の対象が、引渡しを対抗要件とする動産の場合には、遺言執行者が占有者に対して、当該動産の引渡しを求めることが可能です。
②預貯金の払戻し請求や契約の解約申入れ
遺言執行の対象が預貯金債権の場合、遺言執行者は、さらに預貯金の払戻し請求および預貯金契約の解約申入れを行う権限を有します(民法1014条3項本文)。
ただし、預貯金契約を解約できるのは、その預貯金債権の全部が遺言執行の対象である場合に限られます(同項ただし書)。
(5) 遺言執行者の行為の効力を明確化
相続法改正前の民法では、「遺言執行者は相続人の代理人とみなす」とされていたものの、遺言執行者の行為が相続人に対してどのような効力を生ずるかについては、必ずしも明確にされていませんでした。
今回の相続法改正では、「代理」の法律効果を具体的に記載し、以下の条件を満たす遺言執行者の行為は、相続人に対して直接にその効力を生ずるものとされました(民法1015条)。
- 遺言執行者の権限の範囲内であること
- 遺言執行者であることを示してした行為であること
(6) 遺言執行者の復任権の範囲拡大
「復任権」とは、遺言執行者が第三者にその任務を行わせる権限を意味します。
相続法改正の前後では、遺言執行者による復任が可能な場合について、以下の通り変更されました(民法1016条1項)。
原則 | 例外 | |
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改正前 | やむを得ない事由がなければ、第三者に遺言執行者の任務を行わせることができない | 遺言者が遺言によって反対の意思を表示したときは、やむを得ない事由がなくても、第三者に遺言執行者の任務を行わせることができる |
改正後 | 自己の責任で、第三者に遺言執行者の任務を行わせることができる | 遺言者が遺言によって別段の意思を表示したときは、その意思内容に従って、復任権の範囲が制限される |
このように、改正前は「原則復任不可」であったのが、改正後は「原則復任可」と変更されています。
なお、改正前後を問わず、復任をした場合における遺言執行者の責任内容は以下のとおりです(同条2項)。
やむを得ない事由による復任の場合 | 復任した第三者の選任・監督についてのみ責任を負う |
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上記以外の場合 | 復任した第三者の職務執行について全責任を負う |
3.遺言執行者に関する改正相続法の経過措置について
遺言執行者の職務に関して、相続法改正後のルールが適用されるのは、原則として2019年7月1日以降に発生した相続(被相続人が死亡した場合)です。
ただし、以下の経過措置によって一部修正が加えられているので、ご自身のケースで改正前後どちらのルールが適用されるか、きちんと確認しておきましょう。
- 遺言内容の通知義務(民法1007条)と遺言執行者の一般的な権利義務(民法1012条)の規定は、遺言執行者への就任が2019年7月1日であれば適用がある
- 特定財産に関する遺言執行者の権限に関する規定(民法1014条2項~4項)と遺言執行者の復任権に関する規定の変更(民法1016条)は、2019年7月1日以前に遺言がなされた場合には適用しない
遺言執行者に関するルールについてご不明点があれば、お気軽に泉総合法律事務所までご相談ください。