相続法改正|遺産分割前の財産処分の扱いはどうなる?
遺産分割前の財産処分(使い込み)に対しては、2019年に施行された改正相続法により、一定の対策が設けられました。
今回は、改正相続法における、遺産分割前の財産処分(使い込み)対策の内容について詳しく解説します。
1.遺産分割前の財産処分(使い込み)問題とは?
まずは、遺産分割前の財産処分(使い込み)とはどういった問題なのか確認しておきましょう。
(1) 遺産分割前の財産処分(使い込み)とは
相続が開始すると、遺贈や死因贈与の対象となる財産を除き、被相続人が死亡時点で有した財産についての一切の権利義務が、相続人全員の共有となります(ただし、被相続人の一身専属権は除きます)(民法896条、898条)。
すると、遺産分割前の相続財産は、原則として相続人全員の共有となるので、相続財産を処分するには、相続人全員の同意が必要です(民法251条,同264条)。
しかし、例えば、相続開始後に、被相続人の生前、被相続人の介護を担当し、または被相続人と同居していた相続人が、他の共同相続人の同意なしに勝手に預貯金を引き出してしまうケースなどが見られます。これを一般に、「遺産の使い込み」と呼んでいます。
遺産の使い込み自体についての詳細はこちらの記事をご参照ください。
[参考記事] 遺産の使い込みが発覚!取り戻すにはどうすればいい?(2) 財産を使い込んだ相続人には返還請求が可能
遺産分割協議の対象となる遺産は、被相続人の死亡時に被相続人に帰属しており、かつ遺産分割合意成立時点で現存するものに限られます。
したがって、遺産分割前に誰かが勝手に処分してしまった遺産は、遺産分割の対象から外されてしまい、共同相続人の相続分が減ってしまう事態が生じます。
そこで、遺産分割前に、一部の相続人が、他の共同相続人の同意を得ずに相続財産を処分した場合、処分した相続人に対して他の共同相続人が、法律上、遺産の返還を請求できることになっています。
2.相続法改正前の財産処分(使い込み)問題への対処法
相続法改正前の民法では、上記のような財産処分(使い込み)問題について、特別なルールが設けられておらず、次のような処理を行っていました。
(1) 相続法によらない損害賠償
相続法改正前には、財産処分(使い込み)問題について、一般的な「不当利得」または「不法行為」に関するルールで処理するものとされていました。
したがって、共同相続人は財産を勝手に処分(使い込み)した者に対して、不当利得の返還請求(民法703条、704条)、または不法行為(民法709条)に基づき、処分した遺産の価値について損害賠償を請求することができました。
(2) 相続法改正前のルールの問題点
上記の相続法改正前のルールでは、遺産分割協議で使途不明金等の精算を行うことができず、不当利得返還請求、または不法行為に基づく損害賠償請求といった民事訴訟を提起するなどの煩雑な対応が必要になるデメリットがありました。
もっとも、共同相続人全員の同意があれば、使い込まれた遺産を含めて遺産分割を行うことが認められていました。しかし、財産処分(使い込み)をしたのが共同相続人の一部であり、かつ、使い込みをした共同相続人同意が得られない場合は、結局、民事訴訟等の手続きで解決せざるを得ませんでした。
3.相続法改正によって新設された財産処分(使い込み)対策のルール
2019年施行の改正相続法では、新設された民法906条の2の規定により、遺産分割前の財産処分(使い込み)に対して、以下の対策が設けられました。
(1) 処分された遺産が存在するものとして遺産分割できる
新設された民法906条の2第1項は、次のように規定しています。
民法906条の2第1項
遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合であっても、共同相続人は、その全員の同意により、当該処分された財産が遺産の分割時に遺産として存在するものとみなすことができる。
これにより、遺産分割前に相続財産が処分された場合でも、共同相続人全員の同意がある場合には、処分された相続財産が遺産分割時にも存在するものとして、遺産分割を行うことができるようになりました。
前述のとおり、従来の相続実務においても、共同相続人全員の同意による上記の取り扱いが認められていましたが、条文上もかかる取り扱いが明確化されたことになります。
(2) 財産処分(使い込み)をした相続人の同意は不要
さらに、遺産分割前に処分された相続財産が存在するものとみなして遺産分割を行うにあたっては、以下の通り、分割前の財産処分(使い込み)をした張本人である相続人の同意は不要としています。
民法906条の2第2項
前項の規定にかかわらず、共同相続人の一人又は数人により同項の財産が処分されたときは、当該共同相続人については、同項の同意を得ることを要しない。
財産処分(使い込み)の「被害者」である共同相続人全員の同意さえあれば、遺産分割協議の中で財産処分(使い込み)の精算をすることが可能となったのです。
つまり、今回の相続法改正によって、遺産分割前の財産処分(使い込み)に関する精算の手続きが簡略化され、より円滑に相続手続きを完了できるケースが増えることが期待されます。
4.相続法改正後の財産処分(使い込み)に関する具体例
相続法改正によって新設された民法906条の2の規定に沿って、実際に遺産分割前の財産処分(使い込み)に関する処理がどのように行われるかを、設例を用いて検討してみましょう。
<設例>
・相続開始時点での遺産総額は4,000万円
・相続人は配偶者A、長男B、長女C
・長女Cは、相続開始後、遺産分割前に、被相続人の預貯金から1,000万円を引き出し、自らのために費消した
・遺産分割協議では、法定相続分に従って各相続人が遺産を相続する
上記の設例について、(1) 改正前の場合と、(2) 民法906条の2第1項を適用して遺産分割をする場合の2つに分けて、遺産分割の結果を計算してみます。
(1) 改正前の場合
設例のケースで、長女Cが使い込んだ分について遺産分割に含めることに合意しなかった場合、現存する相続財産のみを遺産分割することになります。
相続開始時点では4,000万円の遺産がありましたが、長女Cによって1,000万円の預貯金が使い込まれたため、残りの遺産は3,000万円しかありません。
これを配偶者A(2分の1)、長男B(4分の1)、長女C(4分の1)と法定相続分で分割した場合、各相続人の相続金額は以下の通りとなります。
A:1,500万円
B:750万円
C:750万円
Cは遺産分割前に使い込んだ1,000万円と合わせて計1,750万円の遺産を獲得していますが、これは使い込みがなかった場合にCが得るべき金額よりも750万円分多くなっています。
したがって、Aは500万円、Bは250万円を、不当利得または不法行為に基づき、それぞれCに対して支払うように請求できます。
(2) 民法906条の2第1項を適用して遺産分割をする場合
改正後の民法906条の2第1項の規定に従うと、設例のケースでは、AとBの2人だけが同意すれば、Cによって遺産分割前に使い込まれた1,000万円の預貯金が存在するものとみなして、遺産分割を行うことができます。
この場合、遺産分割の対象となる相続財産の金額は、相続開始時点で存在した4,000万円になります。
これを配偶者A(2分の1)、長男B(4分の1)、長女C(4分の1)と法定相続分で分割した場合、各相続人の相続金額は以下のとおりとなります。
A:2,000万円
B:1,000万円
C:1,000万円
しかし、Cは遺産分割前の段階で、すでに1,000万円の預貯金を使い込んでいます。
したがって、Cの相続金額が修正され、最終的な相続金額は以下のとおりとなります。
A:2000万円
B:1000万円
C:0円
5.改正相続法が適用されるのはいつから?
民法906条の2に規定される、遺産分割前の財産処分(使い込み)に関するルールは、2019年7月1日以降に開始した相続に対して適用されます。
相続が開始するのは「被相続人の死亡時」(民法882条)ですので、2019年6月30日以前に被相続人が亡くなった場合には改正前のルールが、同年7月1日以降に亡くなった場合には改正相続法のルールが適用されることになります。
6.まとめ
相続法改正により、遺産分割前の財産処分(使い込み)に関するルールが新設され、使途不明金等の精算を遺産分割協議の中で行うことができるケースが増えました。
もし、他の相続人によって、遺産分割前に相続財産が使い込まれたことが判明した場合には、改正相続法の新ルールを踏まえた適切な対応を行いましょう。
遺産分割前の財産処分(使い込み)への対処法がわからない場合や、少しでも不安がある場合には、泉総合法律事務所へご相談ください。
財産処分(使い込み)の状況や、依頼者様のご希望に合わせた対応策をアドバイスいたします。