海外居住の相続人がいる場合の遺産分割方法について
相続人のなかには、国際結婚をしていたり、海外留学・海外赴任のために海外に居住したりしている方もいるかもしれません。
海外に居住していたとしても相続人としての資格は失われませんので、被相続人の遺産を相続することはできます。
しかし、海外に居住している場合には、遺産分割協議に参加することが難しかったり、相続手続に必要となる書類が異なったりするなど、通常の相続手続に比べて複雑となります。
今回は、海外居住者の相続人がいる場合の遺産分割手続について解説します。
1.海外在住の方が遺産分割に参加する際の注意点
海外に住んでいる相続人がいたとしても遺産を相続することは可能です。
しかし、日本にいる相続人と同様の手続が必要になりますので、以下の点に注意が必要です。
(1) 遺産分割協議に直接参加できない
被相続人が遺言書を残さずに死亡した場合には、相続人全員で遺産分割協議を行い、遺産の分割方法を決めなければなりません。
遺産分割協議を有効に成立させるためには、相続人全員の同意が必要になりますので、相続人のうち1人でも欠いていた場合には当該遺産分割協議は無効になってしまいます。
海外に居住する相続人がいたとしても他の相続人と同様に遺産を相続する資格がありますので、遺産分割協議を有効に成立させるためには、海外に居住する相続人の同意も必要になってきます。
しかし、海外に居住する相続人は、仕事や家庭の都合、渡航費の負担などもあり、容易に日本に戻ってくることができません。また、海外居住者の相続人の帰国を待っていては、相続手続が滞ってしまいます。
そのため、通常の遺産分割協議とは異なる方法で話し合いを進める必要があります。
(2) 印鑑登録証明書や住民票の写しが取得できない
遺産分割協議が成立した場合には、遺産分割協議書を作成します。そして、遺産分割協議書には、実印で押印をして、その実印の印鑑登録証明書を添付することになります。
しかし、海外では、日本のように印鑑を使用する文化がありませんので、当然、印鑑登録証明書という書類も存在しません。
また、遺産分割協議が成立した場合は、その後、相続登記や預貯金の払戻しといった相続手続を行うことになりますが、その際に相続人の住民票の写しが要求されることがあります。
しかし、住民票(の写し)は、日本に住民登録がある方にしか発行されませんので、海外に居住する方では住民票(の写し)を取得することができません。
(3) 書類のやり取りや遺産の受け渡しが面倒
また、海外に居住する相続人がいる場合に面倒になるのが、書類のやり取りや遺産の受け渡しです。
相続手続をする際には、さまざまな書類が必要になり、本人の署名などが必要になるものもあります。
日本に居住する相続人だけであれば、遠方であっても郵送によって行うことができますので、それほど手間はかかりません。
しかし、海外に居住する相続人がいる場合には、国際郵便でのやり取りになってしまいますので、当然、時間と手間がかかることになります。
一度でやり取りすることができればよいですが、不足書類などがあれば、その都度送ってもらわなければならず、期限までに相続手続を終えることができないリスクも生じます。
さらに、遺産分割協議が成立して、遺産を分配するという場面でも問題が生じます。
たとえば、現金を相続人で分配する場合には、日本にいる相続人に対しては金融機関での振込によって行うのが一般的ですが、海外に居住する相続人がいる場合には、海外送金となってしまいます。
海外送金となると手数料も高額となり手間もかかりますので、遺産の受け渡し方法についても工夫が必要になってきます。
2.海外在住のまま(日本に戻らず)相続手続する方法
海外在住の相続人がいる場合には、上記のような注意点がありますが、海外在住のまま相続手続を終えることも可能です。
(1) 弁護士に依頼して手続を代理してもらう
相続人のなかに海外居住者の方がいる場合、通常の相続手続に比べて非常に複雑な手続になりますので、相続人の方が個人で進めていくのは難しいケースが多いといえます。
書類に不備があったりすると遺産分割協議のやり直しが必要になり、非常に時間と手間がかかります。
このような複雑な相続手続に関しては、専門家である弁護士に依頼をすることをおすすめします。
弁護士であれば、相続人の代理人として海外在住の相続人とやり取りをすることができますし、反対に海外在住者の相続人の代理人として相続手続を行うことによって他の相続人の負担を減らすことも可能です。
(2) 遺産分割協議は電話、メール可能
遺産分割協議というと、相続人全員が一堂に会して話し合いをすることをイメージする方も多いかもしれません。
しかし、遺産分割協議を成立させるためには、相続人全員から同意を得る必要がありますが、必ずしも全員が直接会って話し合いをする必要はありません。
そのため、遺産分割協議をする際には、個別に電話やメールなどをして遺産分割内容を説明したうえで、各相続人の同意を得るという方法でも可能です。
最近では、インターネットを利用した電話(オンライン)会議などによって、直接会うことなく相続人全員が話し合いをするということも可能になっています。
遺産分割協議の方法を工夫することによって、日本に居住しているのと変わりない方法で話し合いを進めることもできます。
(3) 「印鑑登録証明書」の代わりに「署名(サイン)証明書」
既に説明したとおり、海外居住者は、印鑑を使用する文化がありませんので、海外居住者から印鑑登録証明書を取得することはできません。
しかし、海外では、印鑑の代わりに署名(サイン)を利用するのが一般的ですので、印鑑登録証明書に代わる書類として「署名(サイン)証明書」という書類が存在します。
日本での相続手続においても印鑑登録証明書の代わりに署名(サイン)証明書を添付することによって、相続登記や預貯金の払戻しが可能となります。
署名(サイン)証明書は、海外居住者の相続人の在住地にある日本領事館などの公館で申請をすることによって取得することができます。
(4) 「住民票」の代わりに「在留証明書」
海外居住者は日本に住民登録がありませんので、海外居住者から住民票の写しを取得することはできません。
しかし、海外居住者の場合には、住民票の写しの代わりに「在留証明書」という書類を取得することによって相続手続を進めることが可能になります。
在留証明書についても、海外居住者の相続人の在住地にある日本領事館などの公館で申請をすることによって取得することができます。そのため、署名(サイン)証明書を取得する際に、同時に在留証明書も取得するとよいでしょう。
なお、在留証明書を取得することができるのは、以下の要件を満たす方に限られます。
- 日本国籍があること
- 現地に3か月以上滞在し、申請時も現地に住んでいること
【相続放棄をする場合】
海外在住者の相続人の中には、日本に戻る予定がないなどの理由から積極的に相続を希望しない方もいます。そのような場合には、相続放棄の手続をとることによって、遺産分割の手続から離脱することができます。
相続放棄をした相続人は、当該相続においては初めから相続人ではなかったものとして扱われますので、海外居住者の相続人を除いて遺産分割協議を進めることができます。海外居住者の相続人はもちろん、日本にいる相続人の負担も減るなどのメリットがありますので、相続する予定のない方は、弁護士に依頼をするなどして相続放棄の手続を行うことをおすすめします。
なお、海外在住者が相続放棄をする際の注意点については、以下の記事をご参照ください。
参考:海外在住者が相続放棄する場合の注意点
3.まとめ
海外在住者の方が相続人に含まれる場合には、通常の相続手続に比べて複雑な手続になります。また、「海外にいたから」という理由で少ない相続分を指定されるなどのトラブルも生じる可能性があります。
海外在住者の含まれる相続手続でお困りの際は、弁護士に相談をするようにしましょう。