死後事務委任契約のメリット・デメリット|おひとりさま対策
信頼できる親族がいない方や、身寄りがない方にとっては、死後の身辺整理をどうするかが悩ましいところでしょう。
そのような場合には、「死後事務委任契約」を締結することにより、生前の段階で死後の身辺整理の道筋を付けることができます。
ただし、死後事務委任を活用する際には、そのデメリットやトラブル例についても理解しておかなければなりません。
ご自身の状況に合わせて、遺言や家族信託など他の方法と組み合わせて、適切な生前対策を実施してください。
この記事では、「終活」の一環として注目される死後事務委任契約について、メリット・デメリット・トラブル例などを解説します。
1.死後事務委任契約とは?
死後事務委任契約とは、死後の身辺整理などに関する事務処理をあらかじめ第三者に委任する契約をいいます。
生前に死後事務委任契約を締結すれば、死後の身辺整理に関する目処を付けることができ、ご本人にとっても安心です。
また、残される親族などにとっても、身辺整理の内容が契約で明記されていれば対応しやすい側面があります。
死後事務委任契約に含まれる事務の内容としては、たとえば以下のものが挙げられます。
- 官公庁や金融機関などへの届出事務
- 葬儀関係の事務
- 遺品整理の事務
- 各種費用の精算事務
- 親族等への連絡に関する事務
- インターネット上の情報に関する事務
- 保有するPCの内部情報の消去などに関する事務
対象となる死後事務については、委任者(亡くなる人)の希望に応じてオーダーメイドで設計可能です。
死後事務委任契約の内容については、以下の記事で詳しく解説しているので、併せてご参照ください。
[参考記事] 死後事務委任契約とは|活用方法や遺言との違いなどを解説2.死後事務委任契約のメリット
死後事務委任契約によって、生前に身辺整理の目処を付けることには以下のメリットがあります。
(1) 本人の意思を反映した形で身辺整理を行える
死後事務委任契約の内容は、委任者(亡くなる人)の意向に合わせて自由に設計できます。
また、死後事務の処理方針についても、契約の中で詳しく定めておくことが可能です。
たとえば遺品整理であれば、処分するのか、それとも誰かに譲り渡すのかなどを委任者が,遺品ごとに決めておくことができます(ただし、遺品は遺産に該当するので、その処分・譲渡等については、後述の通り遺産の帰属者である相続人との調整が問題になります)。
SNSアカウントについては、閉鎖するのか、それとも追悼アカウントに移行するのかなどを決められますし、アカウントを残す場合はメッセージの投稿を委任することもできます。
このように、委任者(亡くなる人)の意思を反映した形で身辺整理を行う手筈を整えられる点は、死後事務委任契約の大きなメリットといえるでしょう。
(2) 親族が身辺整理について戸惑わずに済む
死後事務委任契約の中で身辺整理に関する事項を明記しておくことは、残される親族に対して身辺整理の指針を示すことにもなります。
何も準備をせずに亡くなってしまった場合、親族は、そもそもどのような身辺整理の対応が必要になるのかを調査・把握したうえで、対応方針について検討しなければなりません。
このような作業自体が、残される親族にとっては大きな負担になりかねないでしょう。
死後事務委任契約を締結して、身辺整理の項目および方針を明確化しておけば、親族はそれに従って身辺整理をすればよいので、戸惑いや負担が大きく軽減されます。
(3) 身辺整理の対応漏れがなくなる
身の回りの事柄については、本人しか把握していないものも多いでしょう。
たとえば、本人しか知らない銀行口座・有料サービスへの登録・SNSアカウントなどがある場合には、身辺整理の中で対応漏れが生じてしまうおそれがあります。
死後事務委任契約を締結する場合、対応が必要となる身辺整理事項について、契約中で網羅的に記載することになります。
そのため、身辺整理の把握漏れ・対応漏れを防ぐことができるメリットがあります。
(4) 身寄りがない場合でも身辺整理を依頼できる
死後事務委任では、信頼できる受任者さえ見つけることができれば、身寄りがない方でも身辺整理を依頼できることも大きなメリットです。
例えば、弁護士に死後事務を委任することもできます。
3.死後事務委任契約のデメリット
死後事務委任契約は、法的有効性や契約の存続に関して、やや不安定な側面があることに注意する必要があります。
具体的には、以下の3点について問題が生じるおそれがあるので、契約締結の段階できちんとリスクの分析を行っておきましょう。
(1) 財産処分の委託は法的有効性が問題になる
死後事務委任契約は、民法上特に方式が定められていないので、極端に言えば口頭でも締結が可能です。
一方、遺言は原則として、自筆証書・公正証書・秘密証書のいずれかの方式により、民法所定のルールに沿って作成しなければなりません(要式性)。
遺言の対象は、財産処分に関する事項のみです。
上記の作成方法に関するルールを踏まえると、遺言の対象である財産処分に関する事項を、要式性がない死後事務委任契約で規定した場合、遺言の内容と死後委任契約の規定とが抵触した場合、どちらが優先するのかという問題が生じ、結果、遺言の方式に関するルールが潜脱されてしまうおそれがあります。
また、遺言の対象となる財産の所有権は委任者の死亡後には相続人に帰属するのに、その財産処分を相続人に諮らず委任者が自由にできるのであれば、相続人が不満を持つ可能性が高いです。
仮に、相続人が死後委任契約の委任者の地位を承継したと考えても、委任契約上は委任者(相続人)の意思に反する処分はできない建前のはずです。
そのため、財産処分に関する事項を死後事務委任契約で定めることの有効性や,その効力の範囲が議論されていますが、確立した見解は存在しません。
したがって、財産処分に関する事項は遺言、それ以外の事項は死後事務委任契約といった形で、両者を併用したうえで棲み分けを行うのがよいでしょう。
特に遺産である遺品の整理事項において、遺品の処分対象や方法について死後委任契約でどう定めるが問題です。
対象や方法の定め方やかかる定めの運用によっては相続人と争いが起きる可能性があるので、専門家である弁護士の助言を得るのが良いと思われます。
(2) 委任者の死亡時に契約が終了するおそれ
死後事務委任契約を含む「委任契約」は、民法上、委任者の死亡によって終了するのが原則とされています(民法653条1項)。
この点、上記の規定は特約で排除可能な「任意規定」と解されていますが(最高裁平成4年9月4日)、契約の定め方によっては、委任者の死亡によって死後事務委任契約が終了したとみなされてしまうおそれがあるので注意が必要です。
上記の事態を回避するには、死後事務委任契約の中で、「委任者が死亡しても、契約は終了しない」旨を明示的に規定しておくべきでしょう。
(3) 委任者の相続人に解権が相続される可能性
委任契約の委任者は、いつでも自由に契約を解除できます(民法651条1項)。
この解除権が委任者の相続人に相続されるかどうかについては、確立した見解が存在しません。
もし解除権の相続が肯定され,かつ解除権行使が制限されない場合、相続人が解除権を行使して、死後事務委任契約を終了させてしまうおそれがあります。
そのような事態が生じないように、死後事務委任契約の内容については、可能な限り相続人と情報共有をして、できる限り解除権の行使を留保してもらえるようにしておくべきでしょう。
4.死後事務委任に関するよくあるトラブル
最後に、死後事務委任に関するトラブルとして、よくある例を紹介します。
死後事務委任契約を締結する際には、以下のトラブルが発生しないように、契約内容その他のアレンジを適切に行うことが大切です。
(1) 受任者が預金などを使い込んでしまう
死後事務委任契約の受任者は、その権限を行使して、委任者の預金などにアクセスできる立場にあります。
しかし、受任者が悪意を持っている場合には、死後事務委任契約の内容を遵守せず自分のために預金などを使い込んでしまうおそれがあります。
委任者が死亡した場合、その預金の帰属は相続人に移りますので、受任者に対する相続人からの責任追及というトラブルに発展することが予想されます。
死後事務委任契約を締結する場合、受任者には大切な遺産を任せるのだという意識を強く持ち、信頼できる人を受任者として選任しましょう。
この点、弁護士などは公正に職務を執行する責務を負っているので、死後事務委任契約の受任者としては適任です。
(2) 受任者と相続人の意見が食い違い対立する
死後事務委任契約の受任者と、被相続人(委任者)に個人的な思い入れのある相続人の意見が食い違った場合、身辺整理の方針について対立が生じてしまいます。
死後事務委任契約の規定に従えば、身辺整理は受任者が主導して行うべきです。
しかし、相続人は委任者の財産を相続しているので、相続人が財産に関連する身辺整理事項の受任者に対する協力を拒否する、または受任者に対して財産の引き渡しを求める等の方法で身辺整理を妨害してくるような事態が発生すれば、受任者が円滑に身辺整理を行うことは困難になるでしょう。
また、すでに解説したように、相続人が死後事務委任契約の解除を主張して、受任者の立場を失わせるという法律論争に持ち込まれる事態になる可能性もあります。
このような事態を避けるためには、死後事務委任契約の存在やその内容、受任者が信頼できることなどを、委任者が生前の段階で相続人に説明して、一定の理解を得ておくことが望ましいでしょう。
(3) 契約書中の定めが不十分な場合、死後事務が円滑に進まない
死後事務委任契約では、身辺整理の項目や方針などについて明確かつ網羅的に規定しておく必要があります。
しかし、事前の精査が不完全であることが原因で、契約書中で必要な事項の記載が漏れていたり、曖昧な内容で規定されていたりすると、実際に身辺整理を行う際にトラブルが生じかねません。
死後事務委任契約書の作成については、弁護士にご相談いただければ、法的な観点からサポートいたします。
5.まとめ
死後事務委任契約を締結すると、生前の段階で身辺整理の目処が付けられるため、ご本人や残される親族にとって多くのメリットがあります。
その一方で、法的有効性や契約の存続などの点で注意点が存在するほか、契約締結時のアレンジが不適切な場合には、後にトラブルが発生することにもなりかねません。
死後事務委任契約の欠点をカバーし、リスクを回避するためには、遺言や家族信託などの他の方法と併用することに加えて、死後事務委任契約の締結時に弁護士のリーガルチェックを受けることが有効です。
死後事務委任契約を含めた「終活」・相続対策にご関心をお持ちの方は、ぜひ一度弁護士までご相談ください。