医療法人の相続|出資持分あり・なしによる違いとは
医療法人に関しては、病院の建物や医療機器など設備投資が必要で、医療法人の財産額は巨大になりがちです。
そのため、医療法人の事業継承において、莫大な贈与税や相続時がかかってくるケースが多くあり、その医療法人が存亡の危機に直面することもあります。
医療法人は、地域の医療を支えているものですので、結果的に、患者だけでなく地域の住民の方にも影響が出てしまいます。
そこで、今回の記事では、「医療法人の相続」に焦点を当てて、特に、医療法人への出資持分がある場合、ない場合の違いについて説明します。
1.相続で問題となる医療法人の出資持分
医療法人に資金を出す場合、その出し方によっては、相続時に問題が起こることがあります。
ここでは、医療法人の種類について簡単に触れた後に、相続で問題になるケースについて説明します。
(1) 医療法人の出資持分とは
医療法人の分類
医療法人は、大きく分けると、次の2種類に分類できます。
- 社団医療法人
金銭、その他の資産の出資または拠出により設立された医療法人を「社団医療法人」といいます。- 財団医療法人
金銭、その他の財産の寄附により設立された医療法人を「財団医療法人」といいます。
少し古い数字になりますが、2010年3月末において、社団医療法人が全医療法人に占める割合が99.1%以上と、医療法人のほぼすべてが社団医療法人となっています。
【出典】「医療法人の基礎知識」厚生労働省
社団医療法人の分類
さらに、社団医療法人は次の2種類に分類できます。
- 出資持分のある医療法人
- 出資持分のない医療法人
2007年4月1日に医療法が改正されています。
2007年3月31日までは、「出資持分のある医療法人」と「出資持分のない医療法人」の両方が設立できました。
2007年4月1日以降は、「出資持分のある医療法人」の新設ができなくなり、その日以降に設立できるのは「出資持分のない医療法人」だけです。
なお、2007年4月1日の医療法改正以降でも、改正前に設立された「出資持分のある医療法人」は、引き続き存続できるとされています。
そのため、現在でも、大半が「出資持分のある社団医療法人」です。
医療法人の出資持分
出資持分のある医療法人では、その医療法人に出資した人は、医療法人の全財産に対して、その出資割合に応じた財産の持分があります。
(2) 出資持分のある医療法人
出資持分のある医療法人では、その医療法人に出資した人は、出資比率に応じて、その医療法人の財産を保有しています(持分権がある)。
財産の返還請求権
出資した人が、その医療法人から出資を引き上げる(脱退する)場合、医療法人に対して、出資分の財産を払い戻すように返還請求することができます。
これを、財産の返還請求権といいます。
医療法人の解散の場合
法人が解散した場合は、医療法人からの脱退と同様に、出資比率に応じて、残余財産の返還を受ける権利があります。
これを、解散時の残余財産分配請求権といいます。
医療法人に資金を出資した人の相続が発生した場合
上記で見てきたように、出資した人には、出資持分に応じた持分権があります。
つまり、税務上、この出資持分には財産価値があるとみなされ、出資者の相続の場合は、その持分権は相続税の課税対象になってしまいます。
医療法人では、株式会社と異なり余剰金を配当で分配することはできないため、内部留保の形でたまっていきます。
そのため、医療法人の出資持分の相続においては、その出資持分の相続税評価額が膨大になり、相続税が巨額になる可能性があります。
仮に、相続人がその相続税を払えない場合は、相続人が医療法人に対して出資持分の払い戻しを求める可能性もありますが、医療法人としては必ずしも、払い戻しに対応可能な、現金等換価容易な資産を常時持っているわけではありませんので、病院経営に影響を及ぼす恐れがでてきます。
(3) 出資持分のない医療法人
2007年4月1日の医療法改正以降は、出資持分のある医療法人の新設はできませんので、新設される医療法人は、全て「出資持分のない医療法人」となります。
財産の返還請求権
出資持分がありませんので、医療法人への財産権もなく、医療法人に対しての財産返還請求権もありません。
医療法人の解散の場合
同様に、医療法人が解散した場合でも、財産の払い戻しはありません。
医療法人の解散に伴って残った財産については、国や他の医療法人などに帰属させることになります。
医療法人に資金を拠出した人の相続の場合
相続の場合でも、医療法人の財産については相続財産とならず、相続税は発生しません。
2.出資持分のある医療法人の相続税対策
上記で見てきましたように、出資持分のある医療法人の相続において、巨額な相続税がかかる場合があります。
ここでは、そのような医療法人の相続対策について考えてみます。
(1) 納税資金の確保
まず、相続人である納税者は、下記の方法などによって、納税資金を確保する必要があります。
- 被相続人の退職金、特別功労金、弔慰金を財源にする
- 被相続人の出資金の返還を求め財源にする
①被相続人の退職金、特別功労金、弔慰金を財源にする
医療法人においても、退職金などを受け取ることができますので、被相続人の退職金などを納税資金の財源にします。
退職金や特別功労金については、生前の退職であっても、死亡に伴う退職であっても考え方は同じで、どちらの場合でも退職金や特別功労金を受け取れます。
退職金などを財源として、医療法人で損金算入可能な保険で確保しておくことにより、節税と財源確保の両方の効果を得ることができますのでお薦めです。
②被相続人の出資金の返還を求め財源にする
被相続人が生前に脱退する場合や、相続時に相続人が脱退する場合などがありますが、考え方は同じです。
通常、医療法人はあまり多くの現金等換価容易な資産を保有していませんので、出資金の返還が問題となる場合が多くあります。
そのため、相続税の問題を回避するためには、次項で説明します相続税対策を行っておく必要があります。
(2) 医療法人の相続財産評価の引き下げ
医療法人の相続で問題になるのは、出資持分の医療法人の相続税評価額が高くなってしまうことです。
対策の1つは、医療法人の相続税評価額を下げること、つまり、医療法人の財産を減らすような対策を実施することです。
例えば、以下のような対策です。
- 役員報酬などを増額し、人件費を増やす
- 退職金、特別功労金、弔慰金を支給する
- 生命保険に加入する
- 不動産を購入する
ただし、過度にやりすぎると医療法人の経営に悪影響が出ますので、実際に実施する場合は、専門家に相談することをお勧めします。
(3) 出資持分のない医療法人への移行
出資持分のない医療法人に移行することができたら、相続税の対象とならず、相続問題はおこりません。
「持分なし医療法人への移行計画の認定制度」を活用した移行
厚生労働省は、出資持分のある医療法人が絡む相続問題については、医療機関確保の観点から懸念を抱いており、出資持分のある医療法人から出資持分のない医療法人への移行を促進しています。
さらに移行促進の具体的な方策として、「持分あり医療法人」から「持分なし医療法人」への移行計画を国が認定する制度を設けて、相続税猶予等の税制措置を実施しています。
これが、「持分なし医療法人への移行計画の認定制度」です。
2017年10月1日から2023年9月30日の間に移行計画を厚生労働省へ申請し、認定を受けることにより、特別な税制措置が受けられます。
移行計画の認定を受けた医療法人は、認定の日から3年以内に「持分なし医療法人」へ移行する必要があります。
この移行計画の認定の日から3年間(移行期間)は、概要、次の税制措置がとられていますので、適切な方法を取り、かつ持分なし医療法人への移行が完了すれば、結果として、贈与税や相続税の納税が必要なくなります。
- 移行に伴って持分放棄した場合、残存出資者又は医療法人にかかる贈与税の納税が猶予・免除になる
- 相続が発生した場合、出資持分を放棄することにより、相続税の納税が猶予・免除になる
また、移行計画認定より前に相続が発生した場合でも、相続税の申告期間である10ヶ月以内に移行計画の認定を受ける事により、上記の税制措置の対象になります。
つまり、事前に移行計画の認定を取っておくとよいのですが、相続が先に発生してしまった場合でも、後追いで移行計画認定を取れば、相続税対策になります。
詳細は、厚生労働省のWEBページを御覧ください。
【参考】『「持分なし医療法人」への移行を検討しませんか?』厚生労働省
基金拠出型医療法人への移行
持分なし社団医療法人が資金を調達する手段として、基金制度を採用することが可能なっており、この基金制度を採用した医療法人を基金拠出型医療法人といいます。
この基金として拠出された金銭に対しては、基金の拠出者から返還請求があったり、医療法人が解散したりする場合などは、拠出額を限度として返還されますので、基金拠出者にとっては財産となります。
持分あり社団医療法人から基金拠出型医療法人へ移行する場合、「出資限度医療法人(※)」を経ることで、法人を退社することなく、持分を基金として拠出することができます。
この場合は、贈与や相続で得た財産についての贈与税・相続税の扱いは、概要次のようになります。
- 基金に拠出する部分は、財産として残りますので、納税が免除されず課税される
- 放棄する部分については、納税が免除される
※出資限度医療法人:持分あり社団医療法人で、退社時の出資持分払戻請求権、解散時の残余財産分配請求権の法人の財産に及ぶ範囲を、払込出資額を限度とすることを定款で明らかにするもの。
3.まとめ
今回は、「医療法人の相続」に焦点を当てて、特に、医療法人への出資持分がある場合、ない場合の違いについてみてきました。
2007年4月1日に医療法改正され、医療法人の形態も変化しつつあります。
しかし、新たな医療法人の形態への移行途中であり、まだ医療法改正以前の形態(出資持分のある医療法人)が大多数をしめています。
このまま相続を迎えてしまいますと、相続税の納付で問題となる可能性があります。
相続税対策だけでなく、事業継続対策としても、なるべく早いタイミングで検討されることをお勧めします。
どちらにしても、医療法人の相続税対策や事業継承対策は、法律に依存するところが大きく、また、その法律も頻繁に改正されます。
泉総合法律事務所では、医療法人に関する相続税対策について安心してご相談いただける税理士をご紹介することができるうえに、事業承継対策などについても、豊富な知識を有します。是非一度ご相談ください。